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魔王様、教祖になる!  作者: 森田季節


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第29話 魔王の姫、ライブを行う(2)

「いっぺんしょうにん……?」

 ナタリアがそんな固有名詞を知るわけもない。だが、踊りだしこそしてないものの、魔王アルカインもロザールの歌声と音楽に気分が高揚していて、その声は聞こえていなかった。そのまま独白を続ける。

「そうか、踊り念仏とライブは同じ要素があるのだな。救いに近づく一環として宗教歌を作ろうとはしたが……まさか直接的な法悦に至る手段にしてしまうとはな……」


 我が妹ながら末恐ろしいとアルカインは思った。素直な感心を通りこして、不気味さすら感じるほどだ。

 踊り念仏というと、時宗じしゅうの開祖である一遍上人いっぺんしょうにんが布教の際に行った手段である。文字通り、大人数で、念仏を踊りながら唱えるのである。棒読みで念仏を唱えたとは思えないから、それは歌であっただろう。

 つまり、ダンスミュージックによる野外ライブみたいなものである。


 ――おそらく、一遍上人は多人数で一つのことを行うことによる力の爆発というものをよく知っていたのだ。だから、こんな方法をとったのだろう。

 人間というのは十人十色、顔も形も考えも違う。だからばらばらに生きているのが自然なのだ。そういう人間が何千、何万と同じことをやると異様な快感がそこに生まれる。


 それは宗教的感情の高まりとも、たしかに通ずるものがある。

 延々と経典を読んで、浄土や解脱の知識を詰め込むようなやり方に、一遍は異を唱えた。彼は民衆の近くに一気に仏の世界を近づけたのだ。今のロザールのように。


 一遍の巡礼の旅を描いた絵巻物には、それに随行している俗人の信者のようなものも見受けられる。ありがたいお話を一度聞いたら終わりというわけではなく、何度も踊り念仏に参加しようとしているわけだ。

 さながら、アーティストのライブを遠方のものまで見るために移動するおっかけのようではないか。


 ――踊り念仏とライブというものは、こんなにも近いものだったのだな!


 けれども、素直に喜んでばかりはいられないという気もアルカインはした。

 歴史上、宗教的興奮を覚えたような暴徒の発生は、西洋・東洋を問わず、どこの国にも見られるからだ。魔王として、そこは民が軽はずみなことをしないように気をつけねばならない。


 ――悟りというのは、本を読めばそれだけで到達できるものでもない反面、体を動かしただけで真髄を理解できるものでもない。その誤解をされぬように気をつけねば……。朕の考えている以上に、ブッダ教は広まっておるぞ……。


 とはいえ、ロザールが立派であることにも違いはない。

 舞台の上で、ロザールは必死に舞っている。その姿はきびきびとしていて、実に美しい。踊りの上手さというよりも熱心な様子そのものに心打たれる。

 二曲目、三曲目と進むたびに会場はヒートアップし、三曲目あたりでは見よう見真似で歌い、踊る者たちも続出した。


「悲しいのなら~悲しみをここに出してごらん♪ ほ~ら、形なんて、な・い・でしょ♪ 奥まで聞こえてますの? もっと熱を入れていきますわよ!」

 あまりにも盛り上がっているせいで、カタブツの司法長官、ナタリアまで――

「悲しいのなら、悲しみを、ここに……」

 と小声で歌っていたほどだった。


「ナタリア、お前もそんなふうに歌うのだな」

 面白がって、アルカインは指摘してやった。

「よ、よいではありませんか……。この式はそういうものなんですから……」

 ナタリアは顔を赤らめて、黙ってしまった。

「それではダークエルフどころか、レッドエルフと言われそうであるな」

「余計なお世話です……」

 少し軽率だったかとアルカインも反省する。知らず知らずのうちに心が浮き足立っているのだ。


 そして、挙句、四曲目になると、ロザールは曲の途中に――

「仏の世界にちょっと近づいてみますわ!」

 と言って、小型のドラゴンであるワイヴァーンに抱えてもらって、会場を飛行してまわった。ワイヤーアクションも真っ青の迫力で、さらに会場は盛り上がる。


 呆然と、自分の頭上を通っていくロザールを見て、アルカインは思った。

 ――身内のことを褒めすぎるのはあまりよいことでもないが、ロザールの芸術におけるセンスというのは天才的としか言いようがないな。

 なぜなら、芸術の教養を身につける場が確立されているほど、魔族にとって芸術は成熟してないのだ。こういった趣向は一からロザールが生み出したものにほかならない。ならば天性の才能、つまり天才と形容するしかないだろう。

 もっとも、アルカインのように、前世の知識を使っているという可能性もゼロではないが。


 興奮した観客たちがケンカを起こしたり将棋倒しになったりしないように、アルカインは警備の兵に命令した。なお、将棋という名前のゲームはないが、それによく似たゲームは魔族の間でも行われている。魔族が論理的・合理的思考のものを好む傾向にあるせいだろうか。

 もはや、イベントのほうの成否は考える必要もなかった。無事故で終われば、その時点で大成功だ。


 無事にイベントは満了した。そのお披露目式までにあった曲は七曲。さらに最後に、すでに行った曲を繰り返して、全八曲。

 時間はせいぜい四十分ほどだったが、あまりに濃密な四十分だった。


 この宗教歌のお披露目式のおかげで、魔族の中にも歌や踊りを専門的に学ぶ者が増えはじめたという。魔王アルカインがブッダ教の教祖だとするならば、その妹であるロザールは芸術の祖とでも呼べるだろう。


 ただ、アルカインは式典のあともまだ一仕事やるつもりだった。

 ――朕の妹はただ者ではない。むしろ、ただ者ではなさすぎる。あいつはいったい何者なのだ?

 今後のブッダ教をよりよく広めていくためにも、なあなあにしてはおけない。


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