第28話 魔王の姫、ライブを行う(1)
こうして、魔王アルカインの妹であるロザールによる宗教歌のお披露目式が行われることになった。魔族暦三〇八年も十二月に入り、残り一月もないといった頃のことである。
ザクスラン城下での大きな会場となると、塔のそびえるコーゼン第一寺院しかない。その広場にステージを仮設で組み立てて、ロザールが歌うことになった。なお、ロザールが腕のいい踊り子を城下の酒場などで見繕って、バックダンサーも用意したらしい。
――正直、今回はロザールにほとんど丸投げしておるが、あいつは上手くやるであろうか……。
あまりに異例の試みなので、アルカインも不安だった。というか、そもそも劇場のように密閉された場所でもないから声も届きづらいだろう。観衆を集めて成立するようなものなのだろうか。
本当は準備も含めて見届けたいが、ちょうどその頃、北東部の人間との国境地帯で人間の軍の動きがあったと報告があり、そちらの対応にかかりきりになっていた。
敵の数は知れているようで、新規に討伐部隊を組織するほどではないようだが、それでも無視できる案件ではない。続報が来ればすぐに知らせるように命じておいた。
そして、辺境地帯での緊張を笑い飛ばすかのように、会場の設営などは続いていた。
一応、ロザールに無理はするなと言ってはいるが、
「わたくしがしくじるわけありませんわ! すべて杞憂ですわ!」
と自信満々のロザールはまったく気にも留めてないようだった。はっきり言って、アルカインのほうが十五倍は心配していた。
「魔王様、どうも顔色がすぐれませんが、どうかいたしましたか?」
女騎士のサリエナにもアルカインの気持ちは通じているらしい。
「自分ではない者のことで苦しむのなら、自分が苦しむほうがいいの……」
「姫様なら活発に動いてらっしゃいますよ。なんと、お披露目式のチケットを作って販売しているほどですから」
「あいつ、そんなことまでしておるのか……」
「収益はあとでブッダ様の像を作る基金や、寺院の維持費などにあてるそうです」
――なんだかチャリティライブみたいだな……。
いよいよ妹が地球出身のようにしか見えなくてアルカインは変な感じがした。
そして、いよいよお披露目式の当日となった。
アルカインはもちろん賓客として招待されたが、会場は大盛況だった。椅子のある招待席から後ろを振り返ると、立ち見の客であふれている。
「なんだか、だいそれたことになってきたな……」
「公称発表だと、五千人以上来ているとのことです」
アルカインの隣の席にはダークエルフの司法長官ナタリアが座っている。
「ということは……ザクスランの城と城下街の人口が十万ほどだから、二十人に一人は来ておる計算か……。もちろん、近隣の農村や街から来ておる者もおるだろうが、それにしてもかなりの規模だな……」
間違いなく、本日、大陸の中で最も人が充満している場所だろう。
「これはもし失敗するとブッダ教の威信に傷がつきますね」
淡々と冷静なナタリアは言う。
「どうか、ブッダ様に傷をつけるようなことはよしてくれよ……」
アルカインは手を組んで祈りだした。目を閉じて祈っていたが、すぐに目を見開くことになった。
ドォーン、ドォーンと開幕を告げる太鼓の音が聞こえてきたのだ。
その勇ましい太鼓に合わせて出てきたのはロザールだった。ドレス姿だが、動きやすいようにいつもよりかなり短いものを使用していた。胸元もやけに強調されていて、肩ものぞいている。こういう姿は兄のアルカインの前ぐらいでしかやらないのだが。
だが、そんなものよりアルカインは気になったものがあった。
――なんだ、あのコップみたいなものは……?
金属製のコップらしきものをロザールは右手に持っている。ファーストフードチェーンで出てくる紙コップの形に似ているなとアルカインは思った。
そのコップ状のものにロザールは口を近づける。やっぱりただのコップで水でも入ってるのかと思ったが、違った。
「あ~あ~、みなさん、聞こえまして?」
増幅した声が聞こえてきた。ということは、あれはコップではなく――
「マイクだったのか!」
「この金属のコップには内部に声が拡大する魔法陣を彫っているのですわ。これで、野外の会場でもみなさんのところにまで声が届くかなと思いまして」
どうして前提知識もないままにマイクが作れるのか……。完全にアルカインは度肝を抜かれていた。しかし、あっけにとられている暇はなかった。
「本日はブッダ教の教えを説いた、ありがたい歌をお聞かせいたしますわね! 一曲目は『ブッダ様のこころ』!」
管楽器中心の軍楽隊が前奏を演奏しだす。
後ろからは踊り子たちも出てきて、曲に合わせて踊りだす。
まさにライブがはじまろうとしていた。
マイクを手に持たないといけないものだから、ロザール自身が踊るのは難易度が高そうだったが、それでも体を軽やかに左右に動かしている。
「ブッダ様に帰依しなさい♪ 悩み、苦しみ、すべて打ち明けちゃいな♪」
そこに、ポップすぎる歌詞のヴォーカルが乗っかる。
会場は最初の内だけ何が起こっているのか理解できてないようだったが――
「みなさん、一緒に踊りますわよ! 踊れば会場が一つになりますわよ! 一つになって、ブッダ様にもきっと近づけますわよ!」
そんなふうにロザールが勝手なことを言うと、だんだんと盛り上がりはじめた。
「おい! そんな教義を決めた覚えなどないぞ!」
かなり異端に近い無茶苦茶なことを言い出したように見えて、アルカインは胃が痛くなってきた。
しかし、ロザールもアルカインの妹である。先走るきらいはあるが、その分、直感的なセンスはずば抜けていた。
歌が一度止まり、間奏に入ったところで――
「どうしてブッダ様に近づけるかというと、この歌はブッダ様を讃えるものだからですわ! それで気分が盛り上がって楽しい気持ちになるのなら、それは正しい教えに近づいてる証拠なのですわ!」
その言葉に思わずアルカインは、ぱんと膝を打った。
そのまま顔を伏せて、黙りこむ。
「どうしました? 異端の説を聞いて、ご立腹されているのでしょうか……?」
ブッダ教の教義に明るいナタリアが恐る恐る聞いた。
魔王の立場であれば、その妹であろうと罰することが可能だ。しかもその判断には司法長官であるナタリアも参加せねばならない。ロザールがあまり重い罪となるのはナタリアも気分のよいものではないのだ。
「違う」
アルカインはゆっくりと顔を上げた。
その顔は笑みで満ちている。
「してやられたな。そうだ、ブッダ様に近づくには様々な方法がある。あいつは禅とはまったく違う方法をとるつもりだ」
横にナタリアがいるのも気にせず、アルカインはつぶやく。
「ロザールのやつ、一遍上人のような踊り念仏を試すつもりか」




