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魔王様、教祖になる!  作者: 森田季節
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第27話 魔王、宗教音楽を伝える(3)

「それじゃ、わたくしの歌『ダメダメ五箇条』を採用していただけますわね?」

 ロザールの表情からして本人は相当の自信のようだ。たしかに歌は上手いし、さまにはなっていた。

 JPOPなんて聞いたことのない魔族がどう認識するかは謎だが、むしろ知らないからこそ、革新的でスゴいと思うかもしれない。

 だが、問題もある。


「そのまますべてを使うというわけにはいかんな……。まず、タイトルだが、『ダメダメ五箇条』では少しブッダ教のものとしてはゆるすぎる。『五戒唱』としよう」

「あまりかっこよくはないですが、お兄様には従いますわ」

 かっこよさで選ばないでほしかった。


「それと、歌詞ももっとおごそかな感じにしてほしい。『イケナイことだって~し・た・い・の♪』だと教義に反する」

 いくらなんでもこんなの発表したら、信者が混乱するだろう。ここはもうちょっと禁欲的にしなければ。

 ――しかし、意外なところでロザールから反論というか質問が来た。


「ですがお兄様、イケナイことがしたいのはごく普通の感情ではありませんの? その結果として誰かを傷つけてはいけないかと思いますが、殴るとか盗むとかいったものと比べると、そう悪いことでもない気がしますわ」

 アルカインは思わず目を見開いた。

「あと、ブッダ様がこのわたくしにも宿っているとしたら、そもそもよこしまな愛も真実の愛も区別がない気がするのですわ。すべてが真実の愛ということになるのではありませんの?」

 ――なかなか難しいところを突かれたな……。


 禅宗の過去の偉人たちは揃って、罪性空ざいしょうくうということを語った。

 簡単に言うと、罪というものすらくうである――存在しないということだ。

 論理的に考えてみれば、そうなってしまうのだ。罪という概念に捕らわれているということは、すなわち執着である。到底、悟った者の状態ではない。


 そう、さかしらに決まりを守った気になって、安心しているようでは、救いなど程遠いことになってしまうのだ。

 だからとんち話で有名な一休宗純などは、わざと愛人と暮らすようなことまでした。あれも戒律を守って安穏と生きることを悟りのように考えることを批判したものだ。

 さらに極端なものになると、罪というものが空であることを理解させるために、わざと猫を殺してしまったという公案こうあんまであるほどである。


 なので、ロザールが愛について区別を設ける時点でおかしいんじゃないのかと言ったのはその通りで、拍手だって送ってもいいほどなのだが……。

 ――それを認めていくと、ブッダ教は何をしてもいいという誤解を絶対に与えてしまう……。

 考えてみれば、罪の実体がないと理解することと、罪になるようなことをしてもよいということは、全然別のことなのだ。しかし、混同する者は間違いなく現れる。


「ロザール、お前の考えは言葉としては正しい……」

「あら、わたくし、冴えていますわね」

 自分の言葉が認められて、ロザールは上機嫌だ。


「しかしな、それを本当に正しいものと知るまで修行したあとでなければ、その言葉は誤りなのだ」

「よくわかりませんわ……。正しいのか、間違ってるのか、どっちですの?」

 ロザールがわけがわからないという顔になるのもしょうがない。禅僧ですらここでつまずいたのだ。


「つまりな、その者の修行の到達度によって、正しさも変化するということだ。『あらゆるものの区別がない』という言葉は、本当にそれを体感した者にとってしか意味がない。生半可な者が語っても、それは真理にはならないのだ」

「わかるような、わからないような……」


「よし、たとえ話を出そう。何十年も相思相愛の夫婦が『愛ほど尊いものはない』と言ったら、それは信じるに値することのように聞こえるな」

「ええ、わたくしのお兄様への愛のようなものですわね」

 それに対するツッコミはこの際控える。

「では、好色で何人も女を食い物にした悪漢が『愛ほど尊いものはない』と言ったとしたら、それを信じられるか?」

「そんな男が愛が何かなど知っているわけがありませんわ!」

「つまり、こういうことだ」


 ロザールの表情が、そうか、というものになる。

 ようやく、多少の理解をしてもらえたらしい。

 スポーツにしろ、学問にしろ、どんな分野でも偉人の言葉はシンプルであることが多い。だが、それは一つの道にひたむきに打ちこんだ者の言葉だから意味を持つ。習いだして三日目の者が同じ言葉を語っても、それは名言ではなく戯言になってしまうだろう。


「真理は自分の身で体得してから語るべきものなのだ。その前に、言葉だけ聞いてわかった気になれば、ますます真理から遠ざかる」

「そうですわね……。愛について勘違いする人が増えては困りますわ。破廉恥なことを推奨するつもりはありませんもの……。この歌詞は書き換えますわ……」


 どうやら、これで歌は人前に出せる内容のものになりそうだ。

 ――しかし、そもそも、こんなアイドルっぽいノリの歌でよいのだろうか……。仏教への侮辱にならぬだろうか……いかんいかん、形式だけでいいとか悪いとか決めつけることこそ、自分で枠を作って、救いから遠ざかる行為だ……。

 また、自問自答したすえに、アルカインは結論を出した。

「ロザール、残りの歌もお前なりにアレンジしてくれてよい。ただし、歌詞についてはこちらで確認させてもらう」


「わかりましたわ。最高の歌を用意させていただきますからね!」

 ロザールがやる気になっているのは兄から見ていても楽しい。少し、調子に乗りすぎてはいるが、ロザールのことだから、それなりの水準のものを作ってくるだろう。


「そして、お披露目はぜひ、多くの方がごらんになるところで行いたいですわね。会場が一体となるような場で行えばいよいよブッダ教は広まりますわ。そうですわね、わたくしの後ろで踊る方もいると見栄えがよいかもしれませんわ」

 無理矢理に翻訳すると、大きな会場でライブがしたい、できればバックダンサーもほしい、なんてものになるだろうか。

 ――本当に、ロザールの前世って何なんだ?

 妹の謎は広がるばかりだった。

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