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魔王様、教祖になる!  作者: 森田季節
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第26話 魔王、宗教音楽を伝える(2)

 最初、ロザールはぽかんとしていた。

「これ、奇妙な魔法の書ですわね。門外不出のために暗号化でもしておりますの?」

 ――むしろ、普遍的に、ルールさえ知ってれば誰でも読めるようにしてるつもりなんだけどな。


 これはやむをえない。音楽に詳しくない者が譜面を見てもメロディも演奏も想像できないのは現代日本だったとしても同じことだ。知らない言語の本を読みようがないようなものである。

 もっとも、逆に音楽のプロが見たら素人が適当に作った代物に見えただろうが。線を横に何本か引いて、漠然と音の高低を示した程度なのだ。

「朕は経典の一部を歌にしたいのだ。そこで自分なりにメロディをつけてみた。ちょっとお前に歌ってみてほしいのだ」


「わかりましたわ。お兄様の頼みをわたくしが断るわけありませんもの!」

 任せろとばかりに左手をぽんと胸に置くロザール。

「だったら、朕に角を出して突っこむのもやめろと頼んだらやめてくれるんだな?」

「では、参りますわよ。歌を教えてくださいまし」

 こいつ、スルーしやがったなとアルカインは思った。


「まず、朕が手本を示す」

 アルカインは自分で歌って、ロザールにメロディを教えた。ロザールもお調子者のようだが、やる気自体はあるので熱心にそれを聞いてくれる。

「五戒を守ろう~♪ 五戒を守ろう~♪ ブッダ様が~すべて~♪ すべてが~ブッダ様~♪ ……こんな感じだ、わかったか?」

 経典そのものを歌にするのが声明のやり方だが、民衆に流布することを期待して、はるかに内容を簡略化している。

「そうですわね。心なしか、昔の感覚が呼び起こされてくるような気がしますわ。やれそうな気がいたします」

 こくこくとロザールがうなずく。

 おっ、これはいけるのではと思ったのだが、ロザールはアルカインの斜め上をいっていた。


「お兄様、この歌、アレンジを加えてもよろしくて?」

「アレンジ……? まあ、たしかに朕も歌の専門家ではないしな。もっとよくできそうと思うのなら、いじってもらってかまわんぞ」

 多少、アルカインは嫌な予感がした。料理でもそうだが、いきなり自分なりに手を加えようとする奴はたいてい失敗するのだ。オリジナルの要素を加えられるのは、基本が押さえられてからだとは思うのだが。


「それでは、まいりましょうかしら」

 おもむろにロザールは椅子から立ち上がると、

「さあ、行きますわよ! 皆さん、準備はよろしくて~!?」

 いきなり、訳のわからない質問を発した。

 皆さんも何も、その場にはアルカイン一人しかいない。


「一曲目は『ダメダメ五箇条』ですわ!」

 ――えっ? そんな曲名つけた覚えはないぞ……。

 アルカインの困惑もかまわず、ロザールはなぜか踊りだした。しかも、前奏もあるらしく、「ら~らら、ら~らら、ら~ららら♪」メロディを口ずさんでいる。なお、経典の言葉にメロディをつける声明にはおそらく前奏という概念はない。


 そして、前奏のあとに歌がはじまった。


「殺しちゃうのはダメダメ♪ 盗んじゃうのもダメダメ♪ ウソをつくのもダメダメ♪ 破目をはずしちゃダメダメ♪  いいところに転生するヒ・ケ・ツなの♪」

 ――歌詞がゆるいが……たしかに五戒のことを歌ってはいる……!


 歌詞のフレーズのそれぞれが

 不殺生戒ふせっしょうかい、殺すな。

 不偸盗戒ふちゅうとうかい、盗むな。

 不妄語戒ふもうごかい、ウソをつくな。

 不飲酒戒ふおんじゅかい、度を過ぎるな。

 に対応していた。

 ダンスの意味はいまいち不明だが、歌の内容としては許容範囲だった。

 ――ただ、はっきり言って、朕の教えた歌とまったく違うぞ……。日本史を教えたら、なぜかメソポタミア文明について詳しくなったぐらいの開きがあるのだが……。


「イケナイ気持ちも抱いちゃダメなのに、だけど、だけど、君のことを~想う時だけ~この胸、熱くな~るの♪ ――ここからサビですわ」

 ――ああ、不邪淫戒ふじゃいんかいのことを言っているのか――って、おい! サビってどういうことだ! そんな概念教えてないぞ!

 だが、アルカインの困惑など知らずに、歌はいわゆるサビに入った。


「ゴ・カ・イ! ゴ・カ・イ! ゴ・カ・イ! ゴ・カ・イ! 私を導いてね、清らかな来世まで♪ ゴ・カ・イ! ゴ・カ・イ! ゴ・カ・イ! ゴ・カ・イ! 私だって本当は~嫌いじゃないんだから~♪ 誤解しないで♪ イケナイことだって~し・た・い・の♪」

 なんか右手を高々と上げて、ロザールは歌い上げた。

 なお、しばらくはダンスと口でのメロディが続いたが、無事に終わった。

「みんな~! 盛り上がってますの~?」

 ――だから、朕しかおらぬだろう……。


「え~、え~と……ひとまず、協力に感謝する……」

 どういう対応をしていいかわからないが、アルカインはぱちぱちと拍手を送った。

「ふぅ……たまにはこういう運動もよいものですわね。いい汗をかきましたわ」

 なんか、ロザールもやりきった感があるらしく、すがすがしい顔をしていた。


「まず、事実から話していくぞ……。お前の歌は上手い。異様に上手い……」

 目の前にアイドルがいるような感覚すらあった。それはそれで仏とは別の神々しさがあった。アイドルのファンが神のごとくにアイドルを讃えるのもわからなくはない。

「お褒めにあずかり、光栄ですわ」


「あと、お前のダンスも上手い。どこで習ったのか知らんが、上手い」

「それはわたくしもよくわかりませんが、勝手に体が動き出しましたの。ちなみにメロディも自然と湧いてきましたわ」

 妙なことをロザールは言い出した。

「はぁ? 湧いてきた……?」

 泉じゃあるまいし、そんなことありうるのだろうか。


「そうですわ。自分でもよくわかりませんが、遠い昔、こんなふうに歌って踊っていたような気がいたしますの」

 アルカインは、内心で思った。

 ――やはり、こいつ、朕と同じように前世が日本人なのではないか……? というか、もしかしてアイドルだったのか……!?


 アルカインの前世は高僧なのでアイドル自体について詳しくはないが、それでもどういうものがアイドルなのかぐらいは同時代人だったのでわかる。

 観客は自分一人だったとはいえ、あの堂々とした様子はまさしくアイドルではないのか。


 ――あれ、でも、前は漫画家のように絵が描けたはずだぞ……。漫画家兼アイドルだなんてことがありうるのか……?

 考えてみても、答えが出ない。むしろ、どんどん疑問が深みにはまっていくような気がする。


「なあ、ロザール、お前、自分が生まれる前の世界を夢で見たこととかないか?」

 つまり、前世の記憶はないのかとアルカインは聞いたわけだ。

「そんなもの、ありませんわよ」

 考える間もなく、ロザールは言った。ウソをついている様子もない。

「ただ、こうやったほうが楽しいのになと自然に体が動いてしまいますの。ブッダ様の絵を描いた時もそうでしたわ」

 どうだとばかり、ロザールは胸を張って答える。それなりのプライドはあるらしい。


 ――ロザールの前世って本当に何だったんだ……?

 編曲されすぎた歌のメロディがアルカインの頭にリフレインしていた。


ゴ・カ・イ! ゴ・カ・イ! ゴ・カ・イ! ゴ・カ・イ! 私を導いてね、清らかな来世まで♪

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