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魔王様、教祖になる!  作者: 森田季節
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第24話 女騎士、座禅によって剣を上達させる

「よし、今日はここまでとしよう」

 深夜、四時前。アルカインの座禅が終わった。

 隣にいた女騎士のサリエナもゆっくりと立ち上がる。その所作もだんだんと様になっている。少なくとも足がしびれて動けないだなんてことはない。


「サリエナ、お前も成長してきたな。目が昔とは違う」

 迷いが減ったよい目をしている。おそらく騎士としての技量にも確実にプラスに働いているだろう。


 古来、武士の生き方と禅とは密接な関係があった。事実上最初の武士の長期政権である鎌倉幕府で禅宗が隆盛したのも偶然ではない。

 禅宗の修行の時には当然、心は落ち着いたものにしなければならないが、それは生きるか死ぬかの戦をする時の心のありように極めて近い。戦だからといって、頭に血がのぼっていればすぐに討ち取られてしまう。明鏡止水の心境で臨まねばならないのだ。

 だとすれば、常に動じない境地に達するために、禅を学ぼうとする武士がいてもおかしくはない。室町時代、戦国時代と、武士たちは高僧に教えを聞こうとしたし、宮本武蔵のような剣豪に至っては多くの水墨画まで残した。


「私自身はあまり成長しているという自覚はないんですが……。けっこう長い間、戦乱に身を置いてないせいもあって……」

 自らさとる――この自覚という言葉も立派な仏教用語だ。

「なお、よいぞ。自覚は大切だが、いつかは自覚すら忘れていかねばならんからな」

 半年ほどの修行では、まだまだアルカインの言葉はつかめないらしく、サリエナは腑に落ちない顔をした。しかし、以前のようにたんなる困惑の表情ではなく、自分なりにどういう意味だろうと考えている様子だ。


「自覚を忘れてしまっては、また逆戻りになっている気がするのですが……」

「では、サリエナ、お前は戦闘の際、いつも自分がどんなふうに剣を出して、足を運ぶか考えてやっておるか?」

「いえ、戦闘となれば自然と体が動いております――――あっ! 少しわかったような……」


 やはり成長している。アルカインは頼もしく、そう年も離れていない少女の騎士を見つめた。

「そう、自分を意識するということは、つまるところ、自分という執着から離れられていないということだ。自分が何をしているかわからぬ者は、まず自分が何者かを見つめなければならぬ。だが、自分にこだわっているだけではダメなのだ。その自分から離れることができなければ、先には進めぬ。まさしく、剣技と同じだな」


 自分が延々と生まれ変わるという輪廻転生を説きながら、究極的に諸行無常であることを説くブッダ教、あるいは日本古来の世俗仏教のダブルスタンダードもここに端を発していた。

 生きている中で一番つらそうなのは、自分が見えていない者だ。自分という定点がなければ、どこにどう向かっていいかの道筋だって作ることはできない。だから、そういう人間には輪廻転生と五戒による道徳的な生き方をインストールさせる。これでスタートラインに立つことができる。


 どんなふうに生きればいいかがわかれば、自信ができる。

 それは毎日に不安を覚える生き方よりは確実に幸せなものだ。


 だが、真のゴールはそれとはまったく違うところにある。自分という重い殻を脱ぎ捨てなければ、仏にはなれない。

 しかし、これは簡単にできることではない。僧の格好をしていても、まったく悟りの境地に達してない者など腐るほどいた。真の悟りを得るということははるか、はるか彼方にある問題なのだ。


「そうだ、サリエナ、ここで剣舞について見せてくれんか」

 ちょうど座禅の場であるバルコニーは剣を走らせられるほどには広い。

「ここで、ですか……。なんとも恥ずかしいですが……やります!」

 悩む時間もこれまでより短くなっているようにアルカインは思った。サリエナの尻尾の揺れもほとんどない。知らず知らずのうちに心の乱れの修正ができている。

「近衛騎士が魔王様を守る自分の腕を恥じ入るのもおかしな話ですし! やります!」


 サリエナの意気ごみを聞くと、アルカインは安全のため距離を置いた。身を守る意味合いもあるが、もしケガでもしたら、サリエナにも不都合なことになる。

「まいります」

 サリエナは、静かに鼻で息を吸い――

 ゆっくりと口から吐く。

 死んだように止まっている。


 次の瞬間――手が動く。

「はっ!」

 剣が鞘から飛び出し、真一文字に虚空に閃いた。

 さらに動いた体のまま、無理なく第二、第三の攻撃が虚空に向かって行われる。わずかな隙もない。それはたしかに考えずに動いている剣だった。


「――以上です」

 サリエナはゆっくりと剣を鞘に収める。

 短い時間だったからというのもあるが、サリエナの息はまったく乱れていない。

「素晴らしい。本当に見事だ、サリエナ……」

 こんなひたむきな若者を見ていると、前世の記憶が呼び戻される。若いがゆえに汚れていない瞳を見ることの、なんとたのもしいことか。


「魔王様、どうして涙目になっていらっしゃるんですか……?」

「あっ、気にするな。大昔は涙もろくてな……その名残だ……」

「大昔?」

「気にしなくてよい」


 目をぬぐいながら、アルカインはサリエナの才能を感じとった。

 騎士だけでなく、禅者の才能を。

 ――まだ、さすがに人に教えられるレベルではないが、いずれはサリエナには同僚に座禅の修行をやらせてもよいかもしれんな。軍隊を強化することにもつながるかもしれん。だが……それは仏教の使い方として正しいのか……?

 アルカインは頭の中で自問自答する。

 戦争のために仏教を利用するというのでは、それじゃある種の兵器ではないか。戦争があるのはやむをえないとしても、思想を戦争に使うことは僧の転生者として許されるのか?


 こんな時に限って、竜女は出てきてくれない。しかし、悩みがあるからといって、すぐに超越者に悩み相談をするというのは、とても人に仏法を説く立場の者のすることではない。それでは仏や神はヤフ○知恵袋と同じになってしまう。


「あれ、魔王様、何かお困りのことでもありましたか……? 今の私の技量では物足りなかったでしょうか……?」

 こんなところで難しそうな顔をしていたら、そりゃ、サリエナも不安になる。このことは、一回棚上げだ。それにこれから本格的に考えないといけないこともあるのだ。

「気にするな。それと、お前とは関係のないことだ」


 アルカインはサリエナの剣術にもう一度太鼓判を押してから、自室に戻った。

 部屋にはオークの文官カブールに取り寄せさせていた音楽に関する資料が積まれている。といっても、その数はあまり多いものではないが。

「さて、音楽について考えるとするか」

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