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魔王様、教祖になる!  作者: 森田季節
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第21話 魔王、仏像を作る(1)

 ブッダ教は着実に魔族のところに浸透していた。

 いや、着実どころではない。急速に、だ。

 宣教師を派遣するまでもなく、自分からブッダ教についてアルカインを尋ねてくる者はあとを絶たない。それだけ、アルカインのもたらした教えに魔族たちが注目し、飢えていたのだ。


 ――もともとは輪廻転生を説くことだけで、最初のうちはいいだろうと思っていたが、そうもいかなくなってきたな。

 アルカインは政務や食事の時間はたいてい、ブッダ教について考えている。とくに食事中はその傾向が強い。今も朝の鶏肉のスープを匙ですすりながら、今後の布教について頭を使っていた。


 なお、食事についての戒律のようなものは今のところ、何も定めてはいない。肉食の禁止だとか、さらに進んだ五穀断ち、断食といったものについて、あまりアルカインは肯定的ではなかった。

 無益で多量の殺生は論外ではあるが、究極的には食べる物で悟る・悟らないといったことが決まるなどといったことはありえないし、断食することが偉いというような、誰かと比べるような風潮ができてしまえば、それは仏の道からはずれることになる。


 ――もはや、ブッダという真理を体現する神についても話すのが当たり前となってきた。となると、先祖を祈るだけでなく、ブッダ様そのものを祈るということが自然になってくるか。

 少しアルカインの表情は固い。

 これは早晩、一つの決断を迫られることになりそうだ。

 そして、その機会は信じられないほどに早くやってきた。


「お兄様、一つお聞きしてよろしくて?」

 向かいの席で食事をとっていた妹のロザールが声をかけてきた。

「うむ、なんだ、ロザール?」

 少しばかりアルカインは警戒した。この妹はブラコンのうえに最近、とみに体の発育がいいくせに、アルカインにやたらとひっついてくるのだ。近親相姦はアルカインが定めた五戒がなくても最初から問題のあることとされている。


 ただし、今回の悩みはもう少し高度なものだった。

「最近、わたくし、ブッダ教のことで困ったことがありますの」

 兄に心酔しているロザールがブッダ教の信者にならないわけがない。アルカインの書いた伝道に関する文書はすべてに目を通しているはずで、今ではかなりの知識を有している。


「わたくし、朝と夜とにはブッダ様に祈りを捧げることにしているのですが……」

「うむ。それは実に素晴らしいことだ。祈ることで心も少しずつ浄化されていくからな」

「その……ブッダ様のお姿が具体的に想像できずに困っているのですわ……」

 ――やはり、来たか。たしかに熱心に祈る者にとってほど重要なことだろうな。


 アルカインは観念しつつも、まずは原則論を確認することにした。

「ブッダ様は真理そのもの。それは人間たちの信仰している人の姿に似た神とは似て非なるものだ。だから、お姿などはっきりとはお持ちではいらっしゃらない」

 虎の絵や人の絵、山の絵を描いてくれと言われれば画家はその仕事に応えることができる。しかし、真理や秩序の絵を描いてくれと言われれば筆もはかどらないはずだ。ブッダの場合もそうで、それはある種の形而上学的な概念である。


「はい、それはわかっていますわ。ですが、何かわからないものに向かってお祈りするというのは、どうも不安になるのですわ……。自分の祈りは正しいものに向かっているのかと……。とくに死者に対しての祈りの場合は、その顔が浮かびますから、ギャップに悩むのです……」

 ロザールにとってこの問題は決して小さなことではないようで、現に食事の匙はまったく止まっていた。


「難しいかもしれぬが、確固とした形を持たないのがブッダ様なのだからやむをえまい。そこにお姿がついてしまうと、その形にどうしても執着してしまい、道を誤る者が出てくる」

 もう少し、原則を押し通すことにする。この程度の説明で引き下がってくれるなら、正直このままでいたいのだ。

「ですが、お兄様が転生の門の前で出会ったのは『ドラゴンの娘』という姿をしていたのですわよね? ブッダ様にお仕えする方は少なくともお体をお持ちなのではなくて?」


 自分の妹が知らないうちに賢くなっている、そうアルカインは思った。突かれたくないところを突かれてしまった。

「それと、これは新しい教義の説明で見たのですが、人間の国の神もブッダ様が形を変えたものだそうですわね。ということは、やはり形を持つことはあるようですわよね……」


「お前には負けた」

 思わず、アルカインはその場で両手を挙げた。

「そうだな。ブッダ様もお姿をお見せになることはある。しかし、そのお姿を像にしたりすると、その像ばかりを大切にする異端派が必ず生まれると思うのだ……。朕はそれを深く憂えておる……」


 本来の仏教の価値観からすれば仏像というのはおかしなものなのだ。諸行無常という概念からすれば仏像だって必ず焼けたり消えたりするのだし、その形や色が仏を意味していることにもならない。

 だが、実際のところ、日本のどこの仏教寺院でも仏像を大切にするし、その姿のまま人々の前に現れると僧侶からして思っていたりする。


 仏像があることが当たり前になってしまったがゆえの誤解のほうが一般化してしまったのだ。

 無論、仏像を大切にするような心がけがほかの信仰の場面でも続くのならば、それは悟りの道に近づく行為と言える。だが、仏像をいつくしむことだけが目的になってしまっては、それは形あるものへの執着そのものであり、とうてい空の思想を理解しているとは言えない。


「お兄様は本当に学識も深いですし、先見の明もありますわね。わたくし、尊敬の念を禁じえませんわ。ですが――」

 いつものようにアルカインを絶賛したあと、ロザールは、

「――ブッダ教を隅々まで広めるためには、お姿があったほうがいいと思うのですわ。多くの人にとっては形をあるものを礼拝するほうが一般的ですもの」

 しっかりとアルカインを丸め込もうとする。


 血のつながっている兄と妹だ。兄の頭の回転が速いなら、妹だって負けてはいない。

 ふう、とアルカインはため息をつく。

 仏の道を広めることが間違いだとは思えないし、どうせロザールが言い出さずとも、民衆たちの中からブッダ様がどんなお姿なのか知りたいという要求はきっと現れるだろう。所詮は時間の問題なのだ。


「わかった。ブッダ様の像を作ることにしよう」

 こうして、大陸でのはじめての仏像制作が決定したのだった。

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