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魔王様、教祖になる!  作者: 森田季節
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第17話 人間、魔族の宗教を調査する(1)

 魔族暦三〇八年も十月と、後半に差しかかってきた。

 魔族暦元年というと、初代の魔王がこの大陸に現れた年であるから、もう魔族がこの土地を支配して三百年を超えることになる。


 といっても、はっきりと国家の体裁が整ったのは三代目の頃からであり、すでに半世紀は過ぎたあたりだった。その頃までは暦を考えることにも無頓着であり、自分たちがこの大陸に現れた年も人間の暦を元にして逆算する有様だった。


 そんな魔族もやがて人間の文化や風習を取り入れて、国家を強大化させていった。習慣や様式の違いはあれど、もはや高位の魔族の生活は多くが人間の国家の風を受けたものである。

 だが、魔族たちも人間から取り入れなかったものが一つある。

 それが宗教である。


 人間たちは自然界にある水や風を神の力によるものと考え、水神や風神といった神を信仰した。魔族はそれを無駄なものと断じて、一切扱わなかった。

 逆に言えば、自分たちと区別のつく部分が減ってきた人間にとって、貴重なプライドのよりどころが、その信仰の有無になった。


 野蛮な魔族は神を信じることなどない。だから、どれだけ連中が強くなろうとそれは見せかけのことだ。最後に勝利するのは人間であると決まっている。


 なのに、そんな魔族が神を信仰する寺院を作ったというのだ。

 報告は当然ながら人間の国家でも魔族の領土と境を接するところにまずもたらされる。

 大陸中でもちょうど真ん中あたりに位置するサマラント王国は、氷の女神ティフールを信仰している国家だった。

 そんなサマラント王国に凶報が届いたのだ。


「ありえん……。魔族がどこの国家にも負けぬような尖塔のある教会を作っただと……?」

 首都にあるティフール大聖堂の祭司にして総主教のグラトミュール十五世はひっくり返りそうになった。

 テーブルには一枚の、五層になった尖塔の絵が描かれた案内の紙が置かれている。人間の言葉ではなく、あくまでも魔族の言葉だが、「死者の幸いを望むなら、みずからの死後の幸いを望むなら、ここに来るがよい」といったことが書いてある。


 極秘裏に伝えられた報告書であるため、ほかに相談できる高僧もおらず、グラトミュール十五世はずいぶんと心細かった。これが事実だとすると、人間の存在価値に対する重大な挑戦になる。

 これが事実だとするなら、信仰の有無はもはや人間と魔族を区別するものにはならない。


 もっとも、根も葉もない噂かもしれない。事実確認は必要だ。

 グラトミュール十五世は密偵を用意することにした。

 呼び出されたのはイスファラ。サマラント王国でも高地の山岳地帯出身の十七歳の少女だった。

 山岳地帯の人間は低地の者と比べれば、どちらかというと肌が黒くなる。肌は魔族のほうが黒い者が多いから、魔族らしいと言えなくないこともない。

 そんな女に角が生えているように見えるカチューシャを用意すれば、遠目には魔族であるように見えた。サマラント王国でよく行われる密偵の作法だった。


「命を受けて、まいりました」

 イスファラはグラトミュール十五世の部屋に入るとひざまずく。すでに説明は受けているので、話は早かった。

「よいな。魔族の寺院がどういったものかを正確に伝えるのじゃ。氷神ティフール様を憚って事実を折り曲げる必要はない」

「はっ、御意でございます」


「もし、成功した暁には、おぬしの死後の速やかな天国行きを確定させる祈祷を執り行おう。貴族の当主ぐらいしか行われぬようなものじゃぞ」

 イスファラはわずかに引っかかったような顔をしたが、頭を下げていたので、見咎められることはなかった。余計なことを尋ねて、信用を失うのもバカらしい。

「早速、明日にでも出発いたします」


 大陸の国境線は関所が定められているような一部の箇所を除くと、極めてあいまいだった。水彩絵の具の線がにじんでいるようにどこの国ともわからないようなところが非常に多い。

 この世界の都市は広い平野や荒野に点のように存在している。だから、国境となるような地帯は人の手も何も入っていないのだ。そこで活動する者がいないのなら、線引きを厳密にする意義がなかった。


 だから、魔族の土地に入ること自体は極めて容易だった。人間側の最西端の都市の一つ、ウェレクルガストを出発したイスファラはすぐに角のついたカチューシャをつけた。あとは西に向けて突き進むだけである。


 イスファラが斥候役をつとめるのはこれが三度目だった。なので、魔族側の勝手も多少はわかっていた。

 結論から言うと、斥候の任務はそこまで危険の伴うものではない。無論、魔王の城にまで侵入するとなれば話は別だが、村落に入りこんで調査をするぐらいであればたいした苦労もない。


 なぜかといえば、魔族たちが容姿や見た目にほとんど重きを置かないためである。

 魔族の中には極めて多種多様な種族がおり、魔族たちですらどのような種族が同胞にいるか把握しきれてはいなかった。

 なので、目にした途端、人間とばれることはほぼありえないし、場合によっては人間とわかったうえで交易をしようとする魔族側の商人すらいるほどなのだ。


 しかし、イスファラの顔はあまり楽しげなものではなかった。

「今のティフール様の教えは正しいものなのだろうか……」

 獣一匹いない荒野を歩くせいかイスファラはいつしか独り言を口にしていた。思いが自然と漏れ出てしまうのだ。


「天国に昇天するための秘蹟は聖職者様が行うことになっているけれど、そんなことは教典のどこにも書いていない……」

 当時、氷神ティフールの教団は王国を事実上、牛耳っていた。

 儀式を通じてティフールと会話ができるのは聖職者だけであり、俗人たちはその聖職者の助けを借りなければ天国にいつ行けるかもよくわからないということになっていた。下手をすると、地の底にあるという汚れた世界に落とされるかもしれない。


 人間にとって、この世は仮の世界にすぎず、本当の世界は死後にたどりつく天上界ということになっていた。だから、死後の世界へのいい切符を切ってもらいたいと誰もが願う。


 王や貴族が教団に都合の悪い政策を打ち出そうとすると、教団は彼らが天国になかなかたどりつけないように神であるティフールに伝えるのだ。こうなると、王や貴族は政策に二の足を踏む。

 そんなことが続き、教団の権力は王をしのぐほどにもなっていった。


 教団が強くなることは教団の末端に属する者として悪いことではないのだが、問題はどれだけ諸書に当たっても、ティフールと聖職者の関係の規定が見えないことだった。

 正当な根拠がないままに聖職者がティフールの名前を騙っているとすれば、それ自体が極めて背徳的なことなのではなかろうか……。


 そんな疑問を胸に抱きながら旅を続けること二週間余り。ようやく、イスファラは魔族の都、ザクスランに到着した。

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