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道化師と白い鳩

作者: 宮本 紅葉
掲載日:2012/02/25

 道化師にとってその鳩は、唯一の友人だった。

 小さな劇場のその道化師は、ステージに上がればひとたび大衆を喜ばせる道化師だが、そうでなければただの一人の女。

 整った顔は美しく、独特の派手な化粧を施しても美少女であることがわかる。その容姿は、道化師を時代遅れとは言わせない。

 まるで、道化師になるために生まれてきたかのような人間だ。

「――あんたも同じね」

 そして、その白い鳩もそうだった。

 この劇場で生まれたこの鳩は、生まれながらにして、道化師の相棒となる運命を決定されていた。

 道化師はこの世に生を受けて、たった16年しか経っていない。

 しかし少女のエピソード記憶はその16年間の思い出として、少なすぎるものだ。

「もっと……もっと普通の女の子として、普通の女子高校生として、思い出を作りたかったな」

 楽屋で一人、鳩に話しかける。化粧を落としたその顔は、紛れもなくただの少女。

 当然、鳩は何も応えない。

 手の上に載っている白い鳩をぼんやりと眺める。鳩もまた、少女の目を見つめた。

「……さ、そろそろ準備しないと」

 客入りは上々。この美しい道化師に楽しませてもらおうと、毎日全国から客が劇場を訪れる。

 少女は30分をかけて道化師に姿を変える。ひとたび道化師となれば、内面も外面もまるで別人だ。

 開演を知らせるブザーとともにステージの照明が落とされる。

 道化師は深呼吸をして、表舞台に出た。

 友人がいない寂しさ、思い出が少ない悲しさ――それを心の奥底に秘め。スポットライトを浴びる道化師は、笑顔を曇らせない。

 道化師の一挙一動に、観客は注目する。道化師の一挙手一投足に、観客は歓喜する。

 小さな劇場は、笑いと歓声で包まれていた。

 最後に、唯一の友人と二人三脚でマジックを披露し、終演。道化師と友人は、スポットライトと喝采を浴びる。

 公演は大成功だ。

「お疲れ様」

 唯一の相棒、唯一の友人を労う。しかし、鳩は労ってはくれない。

 楽屋に戻る。楽屋の大きな鏡に映る道化師の頬には、涙が伝っていた。

「…………私、泣いてる……」

 初めて見る道化師の涙に、少女は驚いていた。

 化粧が溶け涙は白く、伝ったところの化粧は落ち、少女の肌が現れる。

「涙が……、止まらないよ」

 震える声で、しかし道化師は笑みを浮かべていた。少女は、鏡に映る道化師に話しかける。

「私も楽しませてよ。笑わせてよ――お願いだよ……」

 化粧がだんだんと落ちていく。

「道化師も……泣くんだ」

 濃い化粧の隙間から見えたのは、まだあどけなさの残る顔だった。


 涙を乾かし、もう一度道化師に。

 今はもういない両親と写る、少女の写真と白い鳩の前で、芸を披露する。

 涙を流しながらも、笑顔を絶やさず。

 いままでのどんな公演よりも、力を入れて真剣に。

 寂しさや悲しさを押し込め、笑顔に変えて。涙を流している分、笑顔をもっと輝かしく。

 鏡に映る道化師の笑顔は、悲しさで溢れている。そんな道化師に、少女は話しかける。

「悲しい笑顔。えへへ。君も、私と一緒だ」

 少女は笑っていた。鏡に映る道化師も、笑っていた。

「それじゃあ、フィナーレっ!」

 涙を拭き、自分の最も得意な芸を以って、誰にも見られることのない公演の幕を閉じる。

「…………ありがとうございましたっ!」

 今までで一番の出来の公演だった。

 喝采もない。歓声もない。

 写真に映る3人も、鳩も笑っていない。

 しんとした楽屋の中で、鏡に映る道化師だけが笑っていた。

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