表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR

あの青い空を、あの青い空気を、

掲載日:2026/06/29

 カシュっと音がした。

 空気がピンと張り詰める。




 レモン味の炭酸飲料のペットボトルを、

「明日、学校で必要なんでしょ」と、

 嫌悪露わに、母は蓋を開けた。

 家庭が厳しかったのか、

 家計が厳しかったのか、

 私はそれまで、炭酸飲料はおろか、

 ジュースすらも飲んだことがなかった。

 ガラスのコップに注がれ、

 はじける泡の数々。

 初めての香料と甘味料の匂いに、

 頭が、くらとした。

「黄色いろだね」と私が言うと、

「はやく飲めば」と母は言った。

 思い切り、グッと飲むと、

 炭酸が喉で爆発をして、

 私はむせて、吐き出してしまった。

「まだ、早かったわね」と母は、

 ペットボトルとコップを片付けようとする。

「飲める、飲めるよ」と言う私を、

 けんもほろろに拒絶して、

 ペットボトルを逆さまに、

 中の炭酸飲料は、ながしに流された。

 口の中にはベタベタと、

 嫌な甘さだけが残った。


 翌日の学校で、特別授業が行われた。

 ペットボトルロケットの工作だった。

 私は、うんと、かっこいいやつを作ろうと、

 ダンボールを何枚も重ねて、

 赤いガムテープで、ぐるぐる巻きにして、

 ペットボトルの底の方に、

 分厚く大きな、赤い翼を四つ付けた。

 向きが逆だったことに気づいたのは、

 ロケットの飛距離コンテストが、

 始まってから、すぐだった。

 ペットボトルロケットは、

 飲み口が噴射口であり、

 底の方を頭に飛んでいく。

 話を上の空で聞いていた私も悪いが、

 なんで誰も、何も言ってくれなかったのか。

 私の番が来た。

 先生は、

「これは良い、とても良い」と言った。

「みんな見てくれ、良い実験ができるよ」

 とクラスメイトを集めた。

 私はその予想外の言葉に、

 褒められた、と勘違いをした。

 発射準備で砕いた、発泡入浴剤は、

 昨日飲んだ、炭酸飲料の匂いがした。

 私のロケットは、

 クラスで一番飛ばなかった。

 ロケットを回収してきた私に、

 先生は、

 右手を大きく振りかぶった。

 平手打ちをされる、と私は身構えた。

 ぶん、と大きな音がする。

「ほら、みんなもやってみて」

 クラスメイトは、先生の真似をして、

 ぶん、ぶん、と平手打ちをする。

「今度は、こんなふうにやってみて」

 手を開いたまま、指を閉じて、

 刺すように、前に突き出す。

 どうだい、風の感じ方が違うだろう?

 先生は空気抵抗の話をされた。

 私が感じたのは、

 科学の残酷さと、

 美しさだった。




 私は意識が戻った、

 頭がはっきりとしてくる。

 ここは、火星だ。

 妄想や夢でなく、

 現実。

 子供の頃の夢を叶えた現実。

 カシュと音がした、

 ボンベのバルブが緩んでいたのだろうか、

 直後に爆発が起きた。

 辺りを見回す、ヘルメットの重さのせいか、

 頭がくらくらとする。

 二酸化炭素から酸素を作り出す、

 この施設は、

 炭素繊維の骨組みに、

 ビニールハウスのような、

 透明なシートに覆われていたはずだ。

 爆発で、ひしゃげた骨組みに、

 破れたシートが引っかかっていて、

 強風に煽られ、バタバタと音を発して、

 いや、これは幻聴か?

 感覚が、ひどく鈍い。

 現実が、とても遠くに感じる。

 夢の中で見た、子供の頃の記憶は、

 それほど幸せな記憶ではなかったはずだが、

 私は幸福感に満ち溢れていた。

 酸素ボンベの残量を見る。

 絶望的な状況だが、

 いやだからこそか、

 魂の浮遊感を感じる。

 私の魂は、

 この、火星の赤い大気に散っていくのだ。

 低酸素状態のためか、ひどく、快い。

 意識が、朦朧としてくる。




 風が強く吹いている。






 ああ、地球の、

 青い空気を、胸一杯吸いたい。








 カシュっと音がした。






評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ