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【一般】現代恋愛短編集 パート2

勉強を教えて欲しい? 僕はスパルタだけどそれでも良いなら

作者: マノイ
掲載日:2026/04/04

「勉強を教えて欲しい?」


 ある日の昼休み、自分の席で参考書を読んでいた細身の高校生男子、丸富(まるとみ)は眼鏡の奥の目を驚きで丸くしていた。


 その原因は目の前に立つ一人の女生徒、華咲(はなさき)だった。


「そう。次のテストの点数が悪かったら小遣い減らされてマジヤバイ。だからいつも学年一位のあんたにお願いしてるの」


 華咲はまったくお願いしている雰囲気には見えず、むしろダルそうで嫌そうな顔を隠していなかった。


 見た目は割と可愛い系ではあるが、だからといってそんな態度を取られて一つ返事で了承するようなことはありえない。


「どの口がそれを言うんだ?」

「え?」


 しかも丸富の反応は普通以上に攻撃的だった。それは普段の華咲の態度が原因だ。


「僕のことを普段から陰で馬鹿にしてるだろ」

「…………」

「この前は人生を無駄にしている奴なんて言ってたな」

「…………」

「別にそれを咎める気は無いが、陰口を叩いている相手に勉強を教えたいと思えるはずがないだろ。そのくらいは分かるよな」

「…………」


 二人は同じクラスでありながらこれまで接点が無かった。しかしお互いの印象は最悪だった。


 勉強をしないで遊んでばかりいる華咲のことを丸富は軽蔑している。

 勉強しかしないで遊ぶ様子が全く無い丸富のことを華咲は軽蔑している。


 どちらも両極端であるがゆえの拒絶反応。


 それなのにいくら都合が悪くなったからとはいえ、助けろと相手に求めるのは無茶というものだ。


「ごめんなさい」

「!?」


 てっきり諦めるのかと思いきや、素直に頭を下げて謝って来たことに丸富は驚いた。


「確かにあたし、あんたの陰口言ってた。マジごめん」

「…………」

「勉強教えてくれなくて良い。ホントにごめんね」

「…………」


 しかもその謝罪は勉強を教えてもらうために我慢してやったものではなく、必要だと感じたからやったのだ。


 嫌いな相手から嫌味を言われて素直に謝るというのは簡単なことではない。

 それはいくら自分が悪いと分かっていても、だ。


 だからだろうか。


「待て」

「え?」


 丸富は頭をあげて離れようとした華咲を呼び止めた。


「僕はスパルタだけど、それでも良いなら教えてあげても良い」

「…………良いの?」

「真面目に謝ってくれたのに、いつまでもネチネチ言うような男じゃない」

「サンキュ」


 この日から、二人は放課後図書室で勉強することになった。


--------


「マジか……」


 勉強会初日、丸富は図書室で頭を抱え、華咲は気まずそうに窓の外を見ていた。


 まずは現在の実力を確認する。


 そう思っていくつかの問題をピックアップして解かせてみたら、全く解けなかったのだ。それどころか、中学までの知識もほとんど定着していない様子だ。


 もちろん全教科がそうである。


「どうやってうちの高校に合格したんだよ……」

「それあたしも知りたい」

「なんだよそれ」


 山が当たったのか、必死に勉強すればそれなりに出来るのか。


 どちらにしろ現状では少し教えた程度ではテストの点数を上げられないと判明した。


「よし、ならスマホを出せ」

「は?スマホ?あたしの連絡先が知りたいの?」

「そうじゃない。僕が作ったアプリをダウンロードしろ」

「…………え?今なんて言ったの?」

「僕が作ったアプリをダウンロードしろ」

「誰が?」

「僕が」

「何をしたって?」

「アプリを作った」

「…………ええええええええ!? あんたアプリ自分で作ったの!?」

「おい馬鹿。図書室では騒ぐな」


 幸いにも図書室の中には図書委員の人しかいなかったので注意されることは無かったが、委員の人に視線を向けると『気を付けてくださいね』的な笑顔を向けられた。


「大したアプリじゃない。こんなのやろうと思えば小学生でも出来る」

「うっそだぁ~」

「いいから早くインストールしろ」


 指示された通りにアプリをインストールする華咲。

 だがそれを起動した瞬間、彼女は眉を(ひそ)めることになる。


「何これ、あたしを馬鹿にしてんの?」

「してない」

「してるじゃん! いくらなんでもこんな簡単な計算くらい出来るし!」


 そのアプリは二桁までの四則演算の問題が出題されるものだった。対象としては小学校低学年向けのものであり、高校生相手にそれをやれと言うのは知能が低すぎると侮辱していると受け取られてもおかしくはない。


「やっぱりあんた、あたしに怒ってて真面目に勉強を教えるつもりないでしょ」

「だからそうじゃないって」

「じゃあなんでこんな馬鹿にしたようなことを……」

「僕もこれを毎日解いている」

「え?」


 丸富に対する不満と疑念と怒りが渦巻く華咲だったが、丸富の言葉を受けてピタリと動きが止まってしまった。


「なぁ、様々な勉強方法の中で一番大事なのはなんだと思う?」

「…………計算ってこと?」


 四則演算のアプリを使えということは、それが大事という意味なのだと華咲は判断した。話の流れから考えれば自然なことだ。


「違う。暗記だ」

「暗記?」

「ああ。勉強なんてひたすら暗記するだけの作業だ。それはどの科目であっても変わらない」

「え?じゃあこのアプリは?」

「それが数少ない例外。数学の勉強に必要な『計算力』って奴さ。厳密には暗記だけどな。ほら、九九とか必死に覚えたろ」

「めっちゃ嫌だった」


 当時の記憶を思い出し、華咲は苦々しい表情を浮かべる。定着しているのか怪しい。


「だろうな。好きなんて奴の方が珍しいと思うぞ」

「あんたも?」

「もちろん」

「へえ~意外」

「僕を何だと思ってるんだ」

「勉強大好き人間?」

「はは、勉強なんて頼まれたってやりたくない。ただやらなきゃならないからやってるだけだ」

「マジ?」

「大マジ」


 いつも勉強していて学年一位の秀才が、実は勉強嫌いと知りあまりの意外さに呆けてしまった華咲。そんな彼女の様子を丸富は楽しそうに見ていた。


「話を戻すが、逆に考えると数学は計算力、四則演算さえ完璧なら後は暗記するだけってことだ。だから四則演算を徹底的に繰り返して体に染み込ませる。これは計算ミスによる単純な間違いを減らすことにも繋がるし、普通に日常生活でも役立つからやって損はないはずだ」

「確かに役には立ちそうだけど……ほんとに暗記だけなの?」

「定期テストで良い点を取るだけならな」

「どういう意味?」

「定期テストの大半は授業で解いた問題やテキストの内容と酷似したものが出る。だから暗記していれば大体解ける。入試の場合は別だが、そこまではまだ考えて無いんだろ?」

「う、うん。確かに言われてみればそっか……」


 ゆえに丸富は華咲にひたすら暗記をさせるつもりであった。


「でもあたしが言うのもなんだけど、それじゃあ入試の時に苦労しない?」

「そうでもないさ。沢山暗記して、沢山問題を解いて練習していると、不思議と地力がついてくる。今はそういうものだと思っていれば良い」

「ふ~ん」


 良く分かっていないからか適当に返事をする華咲。

 だが丸富の考え方に納得は出来ているようで不安げな様子は払しょくされていた。


 これからが地獄だとも知らずに。


「ということで、その四則演算アプリは時間がある時にひたすら解くこと」

「え?今からこれをやるんじゃないの?」

「違う。今からは教科ごとに覚えるべきことを伝えるから、それを全部覚えろ」

「全部!?」

「明日テストするからちゃんと解けるようになるように」

「無理無理無理無理!」

「やる気があるなら出来るはずだ。これまで手を抜いていたんだから大変なのは当然。嫌ならここで終わりにする」

「マジでスパルタじゃーん!」


 勉強を教えてもらう。

 それは分からないところを丁寧に解説してくれることなのだと華咲は想像していたのだ。しかし蓋を開けてみれば大量に暗記しろとの鬼のような指示だった。


 果たしてこれまで勉強してこなかった華咲にそれが可能なのだろうか。


--------


 一週間後の放課後。


「おい、図書室に行くぞ」

「きょ、今日はお休みってことで」

「ダメだ」

「一日くらい良いじゃん!」

「ダメだ」


 華咲は既にギブアップ気味で、逃げ出して遊びに行こうとしたところを丸富に捕まってしまった。


「厳しすぎだって!」

「スパルタだと言っただろ」

「うううう……じゃあもう止める!」

「ダメだ」

「えっ?」


 ついに諦めようとした華咲の腕を丸富が掴んで強引に引き留めた。

 そこまでするとは思わなかったのだろう、まだ教室に残っているクラスメイト達の注目の的になってしまっていた。


「は、離して!」

「ダメだ」

「どうして!もういいって言ってるのに!」

「ここで逃げて欲しくないからだ」

「はぁ!? なによそれ! まさか変な勘違いしてるんじゃないよね!」


 男なんて女子に話しかけられたらすぐに惚れてしまう。

 そういう類の勘違いにより付きまとわれそうになっているのではと華咲は思いかけている。


 だが丸富にそのような気持ちは全く無かった。


「おまえが謝ってくれたからだ」

「え?」

「僕も謝らなければいけない。おまえが間違いを認めて謝るような人間では無いと思い込んで忌避していた。本当にすまない」

「な……何よそれ……」


 丸富のいきなりの謝罪に、華咲の抵抗がようやく止まった。


「それにお金が欲しいからといって安易な道にも走らなかった」

「…………」


 女性として体を使ってお金を稼ぐ。

 そういう選択を華咲はしなかった。常識的な考えをしっかりともった普通の女性であると丸富は理解したのだ。


「だが最低限の勉強が出来ないと、そうせざるを得ない未来が待っているかもしれない。おまえのことを一人の人間として認めたからこそ、そうなって欲しくないと思う」


 人として認めた相手が将来破滅するかもしれないのに、放置することなど出来ない。それが丸富という男だった。


「そこまででなくとも、望んだ道を進める人など多くは無いだろう。だがその選択肢を少しでも多く用意することはできるはずだ」

「…………」

「幸せにしてやりたいだなんて傲慢なことを言うつもりはない。ただ、将来激しく苦労しないために手助けをしてやりたいんだ」

「…………」

「今は苦しいだろう。だがずっと今のような負荷を強いるつもりはない。おまえが勉強するという行為に慣れるまで、頑張ってみないか?」

「…………」


 華咲は丸富の言葉を静かに聞いていた。ただし顔を背けているため、丸富からは華咲の感情は伺い知れない。


 果たして二人はこの先どうなるのか。

 クラスメイト達が固唾を飲む中、華咲がポツリと問いかける。


「…………あんた、あたしに惚れてるの?」


 まだ彼女にはその疑いが消えていなかったのだろうか。

 丸富の訴えは華咲を口説いているようにしか聞こえなかったのだろうか。


「あのなぁ。逆に聞くが、おまえが僕の立場だったとして、惚れる要素があるのか?」

「顔が良い」

「自分で言うな」

「ふふ、そうだね。確かにあたし、酷いとこばっか見せてた。こんな女に惚れるわけないか」


 そう言いながら背けた顔を前に向けた華咲は、少し照れ臭そうだった。

 華咲は丸富の気持ちを疑ってなどいなかった。ただの照れ隠しで聞いただけである。


「手、離して。もう逃げないから」

「ああ、悪い。少し強かったか?」


 手を離したら、掴まれていた部分を華咲が少しさすったので不安に思ったのだろう。


「平気。それに全部自分が悪いから」

「え?」

「これまで勉強してこなかった自分が悪くて、あんたは頼まれただけなのになんとかしようって好きでもないめんどくさい女に頑張ってくれてるのに……はぁ、あたしってマジ最低」

「…………」


 嫌なことから逃げる。

 それは必要な場合とそうでない場合があるのだろう。


 どんな時にも逃げる癖がついてしまえば、その先に待っているのは逃げられない袋小路。強制的に戦わざるを得なくなっても、戦い方を知らなければ敗北は必死。そうならないために、逃げずに戦う力を養う必要がある。


 華咲にとって丸富に助けを求めたのは僥倖だった。

 何故なら彼が戦うきっかけをくれたのだから。


 逃げてはいけない方向へ進もうとした彼女を、強引に引き戻してくれたのだから。


「ありがとう丸富(・・)。あたしもう少し頑張ってみる」

「……そうか」


 二人にとって、これは普通の和解だった。

 恋することもない、険悪になることも無い。


 だが知らぬは本人ばかりなり。

 特に華咲の変化をクラスメイト達は敏感に感じ取り、ニヤニヤしながら見守っていた。


「じゃあ図書室に行こうか」

「そのことなんだけど、お願いがあるの」

「なんだ。休みにはしないぞ」

「うん。それは良いんだけど……」


--------


「ただいま~」

「お、お邪魔します」


 華咲のお願いを聞いた丸富は、何故か見知らぬ家の中にいた。


「おかえり…‥え!?」

「何驚いてんのよ」


 家の中から出て来たのは華咲に雰囲気が良く似た大人の女性。


「だってあんた、友達連れて来るって!」

「友達じゃなくてクラスメイトって言ったでしょ」

「彼氏ならそうと言いなさいよ!というかあんた付き合ってたの!?」

「だからクラスメイトだって。勉強教えてもらうの」

「えぇ……」


 華咲のお願いは、彼女の家で教えてもらうこと。

 そして彼女は母親に対してクラスメイトを連れて行くとしか伝えていなかったようだ。


「リビングで勉強するから。こっちだよ丸富」

「良いのか?」

「気にしない気にしない。ほら、時間あんまりないから急いで」

「あ、ああ」


 驚く華咲母を尻目に二人はリビングへと移動した。

 丸富は緊張しっぱなしで、機械のようにギクシャクした動きだ。


「それじゃあ、あたしは準備してくるから、ちょっと待ってて」

「ああ、分かった」


 丸富をリビングに案内した華咲は、自分の部屋へと向かった。

 暗記に使っている道具などを取りに行くためだ。


 それらを実際に見て貰い、暗記の方法のアドバイスを貰いたい。

 だから家に来て欲しいというのが華咲のお願いの具体的な内容だった。


「…………」


 居心地悪くリビングで一人待っていたら、華咲の母親がやってきた。

 その手にはお茶が入ったコップが乗せられたお盆がある。


「ありがとうございます」

「…………」


 飲み物を貰った丸富は素直にお礼を伝えたのだが、華咲母は何かを言いたそうで言えないでいた。


「あの……何か?」


 ゆえに丸富は自分から問いかけて、それを口にしやすい空気にしてみた。


「いえ、その……お名前は?」

「丸富です」

「丸富君は、その、本当に娘の彼氏じゃないの?」

「はい。クラスメイトです」

「…………そう、なの」


 そう伝えるように口裏を合わせているのかもしれない。

 華咲母の表情には明らかにその疑念の色が浮かんでいた。


「まぁどちらでも良いわ。丸富君」

「はい」

「勉強を教えるってことは娘の成績のことも知っているのよね」

「はい」

「あの子ったら、高校生になってから遊んでばかりでこのままじゃ大学に行けるかどうかも分からないのよ」


 何故そんなことをわざわざ丸富に伝えるのか。

 それは華咲母が丸富のことを彼氏だとまだ疑っているから。


 遊んでばかりで困っているのに、彼氏まで出来たらより一層勉強に身が入らなくなってしまう。それは望まないことなのだと暗にクギを指していた。


 この時点では丸富のことを良く思っていなかったのだ。


「僕もそう思います。ですので厳しく教えてます」

「え?」

「今日なんか勉強が嫌だからって逃げられそうになったのを、どうにか引き留めたんです」

「え!?」

「次のテスト、期待していてください。今まで見たことのない点数をきっと取りますから。いえ、取らせますから」

「…………そ、そう。頼もしい、ね」

「ちょっとお母さん!何してるの!」


 丸富は彼氏などではなく、厳しく真剣に勉強を教えている。

 そうきっぱりと言われて驚いたタイミングで華咲が戻って来た。


 華咲母は逃げるようにリビングから出ていった。


「タイミング見計らってただろ」

「何のこと?」

「僕に勉強をちゃんとやってるって説明して納得してもらいたかったんだろ。どうせおまえがやってるって自分で説明しても信じて貰え無さそうだし」

「な、なんのことかな?」

「誤魔化さなくて良い。女子が男を自分の家に入れるなんて余程のことだ。暗記に使ってる道具を見て欲しいだなんて明日でも良い話だからな。何か裏があると思うのが普通だろ」

「うっ……」


 そしてその『裏』というのが、自分の母親を説得して欲しいということだった。母親が接触してこなかった場合でも、真剣に勉強をしている姿を見せれば納得するだろうという目論見だったのだ。


「騙してごめんなさい……」

「別に騙されてなんかない。勉強はちゃんとやるんだろ?」

「もちろん!」

「なら良い。今後は大事なことはちゃんと相談して欲しいがな」

「怒らないの?」

「前にも思ったが、僕のことをなんだと思ってるんだ。その程度のことで怒るような男じゃない」

「……そ、そう」


 華咲がまた顔を背けてしまったが、丸富は気まずいだけなのだろうと理由を深堀しなかった。


「よし、それじゃあ始めるぞ」

「……あ、その前に一つ聞いて良い?」

「なんだ?」


 華咲が焦ったように慌てて顔を戻した。


「さっきのお母さんとの話なんだけど、私が高得点を取るようなこと豪語しちゃって平気なの? 情けない話なんだけど、全然自信ない」

「大丈夫だ」

「でも中学の内容もほとんど覚えて無いのに……」


 丸富から指示された暗記の内容のほとんどは中学の時のものだった。

 それらを今更覚えなければという屈辱と、覚えていなかった恥ずかしさもまた華咲が暗記を嫌がる理由の一つでもあったのだ。


「それらはあくまでも足りていない基礎を補うためのものにすぎない。テスト前になったらテスト対策用の暗記方法を教える。基礎がボロボロでも結構な得点がとれるはずだ」

「ホントに?」

「ああ。特に簡単にとれるのが英語のリーダーだな」

「ええ!? あたし英語とか、特に苦手なんだけど」

「得意とか苦手とか関係ない。少なくともうちの学校のリーダーのテストはテクニックだけでなんとかなる」

「そうなの!?」

「ああ。なんならおまえでも八十点は取れるかもな」

「は、は、はちじゅっ!? 嘘でしょ!?」

「嘘じゃない。といっても信じられないだろうな。本番を楽しみにしてな」

「…………」


 平均点どころか赤点だらけの華咲にとって、八十点以上など別次元の領域だ。だが丸富はそれが可能だなどと、あっさりと言ってのける。普通であれば胡散臭いと切って捨てるところだが、あまりにも自信ありげに言うものだからこれ以上否定できなかった。


 そんな華咲の様子を見て『いつか騙されそうだな』と丸富は内心心配しているのだがそれはまた別のお話。


「ということで暗記の方法だ」

「う、うん。あ、やっぱり待って!」

「おいおい、まだ何かあるのか。引き伸ばしすぎだろ」

「これで最後だから」

「はぁ……なんだよ」

「華咲」

「ん?」

「だから華咲。おまえ、じゃなくて華咲って呼んで」

「いやだって…………あ、そうか」


 おまえだって僕のことを『あんた』って呼んでいるじゃないか。そう反論しようと思ったが、いつのまにか丸富と呼ばれていることに今更気付いた。


「分かった華咲。これで良いか?」

「うん!」

「…………」


 笑顔で喜ぶ華咲の顔を、丸富は何故か真正面から見ていられず僅かに顔を逸らした。もしかするとこの時はじめて、丸富は彼女のことを異性として意識したのかもしれない。もちろんそれはほんの僅かなことではあるが。


「よし、じゃあちゃちゃっと暗記のコツについて教えてよ。色々試したけど全然頭に入って来なくて。あたし暗記苦手なの」

「いや、それは変だろ。華咲は暗記が普通に出来ると思うぞ」

「どうしてそんなことが分かるの?」

「だって普段から良く分からん化粧品の名前を連呼してるだろ」

「化粧品?」

「僕にとっては全く馴染みが無いし、覚えられるとも思えない。でも華咲は普通に覚えて使いこなしているじゃないか」

「えぇ……それって普通じゃない?」

「普通だ。だから普通レベルには記憶力があるってことだ」


 好きなものであっても言葉が出て来ず、あれ、それ、などと常に略して話をしがちであると話は別だが、華咲はそうではなく自然に名前を口にしていた。


「というかなんであたしの化粧品の話を覚えてるのよ」

「多分僕だけじゃなくてクラス中の男子が覚えていると思うぞ。華咲の声は良く通るから意識して無くても勝手に耳に入って来るし」

「そ、そうなの……」


 やっぱり前から意識してたのではないかと揶揄おうと思ったら自分が原因だったと知り少し気恥ずかしくなり、今後は声を少し抑えようかと思う華咲であった。


「それと、ステバのドリンクもそうだ。僕には呪文のようにしか聞こえないが、華咲はそれも普通に使いこなしてただろ」

「だからどうして私の話を覚えて……あ、ごめんなんでもない」

「教室であんなに大声で叫んで注目浴びてただろ」

「気付いたから言うの止めたのにどうして言っちゃうのよ!恥ずかしいでしょ!」


 自分の好きなものだらけのフレーバーで作られた新作フラペチーノが発売されたと聞かされて、物凄い大声を出して喜んで注目を浴びてしまった。その時の恥ずかしさを思い出して華咲は顔を真っ赤にする。


「はは、つまりは記憶力には問題が無い。だから自分にあった暗記のやり方を見つければぐんぐん覚えられるだろうってことさ」

「それは分かったけど……丸富って結構いじわるなんだね」

「だからスパルタだって言っただろ」

「それはスパルタって言わない!」


 二人ともいつの間にか冗談を言い合えるほどに自然に会話が出来るようになっていた。しかしその変化に気付くことなく、真面目に勉強を開始するのであった。


--------


 一学期の期末テスト返却日。


 最初に返却されたのは、丸富が八十点以上取れるかもしれないと豪語していた英語のリーダー。


「う……嘘……」


 返却された答案用紙を手に、華咲は全身をプルプルと震わせて自席に座っていた。


 どれだけ確認しても変わらない。

 別の人の答案かもしれないと疑ったけれど、名前欄には間違いなく自分の名前がある。

 はたまたこれは夢かもしれないと唇を少しだけ甘噛みしてみるが痛みがある。


「ありえない……ありえない……」


 その異様な雰囲気が気になって仕方なかったのか、華咲の友達が声をかけて来た。


「やっほ~、どうだった? その様子じゃ、勉強の成果が出なかったのかな? あんなに頑張ってたのにね、ざんね……は?」


 てっきり点数が悪くて震えているのだと思ったのだろう。それを慰めるために勢いよく抱き着くように絡んだ友達だが、その拍子に華咲の点数が目に入ってしまった。


「ええええええええ!?」


 そしてあろうことか、とんでもない大声を出して驚いてしまったのだ。

 まだ返却中の先生が怪訝な目で注意しようとそちらに目を向けたが、華咲のテストについての驚きだと分かると納得したのか、今回は注意せず見逃してくれた。


 気持ちは分かる、というやつだ。


「これ、マジで華咲さんの答案なの?」

「そう……みたい……」

「で、でもこの点数……」

「……八十点以上、取れちゃった」


 その言葉を聞いたクラスメイトが一斉に丸富の方を向いた。


「うお!なんだよきもいな」


 あまりの動きのシンクロっぷりは最早ホラーであった。


「こらこら、テスト返却中ですよ。それにそういうのは休み時間にやりなさい。まぁ、先生もどうやって華咲さんの実力を上げたのか気になりますけどね」

「教えただけですよ」

「先生も教えてるんですけどね……っと、ほらほら、目岸(めぎし)さん、取りに来てください」

「は、はい!」


 先生のおかげで丸富への注目は解消された。しかしそれは一時的なもので、誰もが赤点常連の華咲の成績をこうまで上昇させた方法が気になっていた。


 そしてテスト返却と解説が終わった後の休み時間。


「丸富!」

「うお!」


 華咲は丸富の元へと駆け寄って、思いっきり抱き着いた。


「ありがとう!本当にありがとう!」

「ちょっ、おま、何してる!」


 女子に抱き着かれて冷静でいられる男子などいるはずがなく、混乱しながら体を硬直させるしか無かった。


「本当に感謝してる!」

「そ、そんなの華咲が努力したからだろ。おおげさだ」

「ううん。違う。そうじゃない。勉強を教えてくれたのも感謝してるけど、それ以上に見捨てないでくれてありがとう。逃げようとした時に引き留めてくれてありがとう。あたし……あたしマジで嬉しかった……」

「…………人として当然のことをしたまでだ」

「それはちょっと格好つけすぎでは?」

「酷いな!」

「くすくす」


 そう笑いながら華咲はゆっくりと丸富から体を離した。目尻が少し赤くなっているが、丸富はそのことに気付いても何も言わなかった。


「お礼をさせて。何でもしてあげるよ」

「何でも?」

「……うん、何でも」


 今変なこと考えたでしょ。

 普段の華咲ならばそうジト目で告げただろう。


 それを言おうとした間はあった。

 だがそれを敢えて言わなかったということはそういうことである。

 丸富の真摯な態度に、すでに心を奪われていた。


「ならステバでの買い方を教えてくれ」

「は?」


 華咲渾身のアピールは全く通用しなかった。


 丸富が鈍感なのか。

 いや、そうではない。


「くすくす。そっか、そりゃそうだよね」

「何がだ?」

「ううん、なんでもない。いいよ、教えてあげる」


 まだ華咲は良いところを全く見せていないのだ。

 ちゃんと努力して成果を出したところはアピールポイントになるかもしれないが、それだけではまだまだ甘い。

 成績落第を脱出したことで、丸富に異性として本格的に意識してもらうためのスタートラインに立ったに過ぎない。


「でも不思議。丸富もステバに興味あったんだね」

「やっぱり僕のことを勘違いしてるだろ」

「勘違い?」

「勉強は嫌だって言っただろ。普段は普通に遊んでるし」

「え!?」

「驚きすぎだろ……しかも全員」


 華咲だけではない。

 クラスメイト全員が物凄い驚いていた。


 華咲が抱き着いたことで色恋沙汰になるのかと期待していた女性陣も、それを完全に忘れるくらいに呆けていた。


「じゃ、じゃあ遊びに誘ったら?」

「よほどのことが無ければ断らない」

「カラオケとか」

「行くぞ」

「ゲーセンとか」

「行くぞ」

「映画やショッピングや遊園地とか」

「行くぞ。あ、でも高いのは無しな」

「マジ……普通じゃん」

「だから普通だって言っただろ」


 成績が良くて、学校で勉強ばかりしている。

 そのために勉強以外に興味が無いと勘違いされていた。


 実はそれが悪化して、勉強を止めると心配されるからしてる様子を見せ続けなければならないという状況に陥っていたのだった。


「くすくす、じゃあさ、これから夏休みだから一緒に(・・・)沢山遊ぼう!」

「良いのか?」

「もちろん!お礼だよお礼!」

「ならお願いしようかな」


 男女が一緒に遊ぶ。

 それがデートになるということに丸富は気付いているのだろうか。


 どちらにしろ、これは華咲にとって大きなチャンス。

 己の良いところをアピールして丸富との距離をぐっと近づける。


 その結果がどう転ぼうとも、彼女にとってこの夏休みは忘れられないものになるに違いない。


「ちなみに覚悟してよね」

「何がだ?」

「あたし遊びに関してスパルタだから」

「はは、望むところだ」


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― 新着の感想 ―
えぇーって言っちゃうほどじゃないくらいの、ほどほどな意外性というのもアリですね。
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