第9話「三ヶ月」
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あの日から、俺の生活はひどく単純になった。
朝起きて、ギルドへ向かう。
雑用の仕事をこなす。
空いた時間は訓練。
夜は宿で復習。
その繰り返しだ。
武蔵と話せるのは二十四時間に一度、ほんの一分だけ。
だから俺は毎日、その一分をどう使うか真剣に考えるようになった。
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「構えが甘い」
「足運びが遅い」
「剣は力で振るものではない」
短い時間の中で、武蔵は容赦なく指摘してくる。
最初は言われている意味すらよく分からなかった。
けれど一日一日、ほんの少しずつ理解できるようになっていく。
「線を意識しろ」
「無駄な力を抜け」
「まずは基本を体に染み込ませよ」
たった一分でも、毎日続ければ確かな積み重ねになる。
俺はそれを身をもって知った。
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仕事の合間には体を鍛えた。
走り込み。
腕立て伏せ。
腹筋。
素振り。
最初は数十回で息が上がっていた素振りも、気づけば何百回でも振れるようになっていた。
体つきも少しずつ変わってきた気がする。
「だいぶ締まってきたねぇ」
宿の女将さんにそんなことを言われたときは、ちょっとだけ嬉しかった。
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もちろん、楽な日ばかりじゃない。
思うように剣が扱えなくてイライラする日もあった。
武蔵に怒鳴られて落ち込む日もあった。
「焦るな。急いで得た力はすぐ崩れる」
短い言葉だけど、その一言に何度も救われた。
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モンスター討伐の依頼を見かけるたびに、胸がざわついた。
やってみたい。
でもまだ早い。
その繰り返し。
だから俺はひたすら基礎に集中した。
逃げるのではなく、準備をするために。
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そして——
そんな生活を続けているうちに、気づけば三ヶ月が過ぎていた。
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その日もいつも通り、俺は空き地で剣を振っていた。
以前とは違う。
構えが安定している。
足が自然に動く。
剣の重さにも慣れた。
「……少しはマシになってきたかな」
自分でもはっきり分かるくらい、成長している。
小型のモンスターくらいなら、今なら落ち着いて対処できそうだと思えるほどには。
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夜。
宿に戻り、いつものように歴史の本を開く。
「武蔵」
静かに名前を呼ぶ。
「うむ。今日も励んでおるようだな」
聞き慣れた声が返ってきた。
ここ三ヶ月で、武蔵との一分間のやり取りもすっかり日課になっている。
……そして、その日。
俺はあることに気づいた。
「なあ武蔵。今日はなんか……長く話せてないか?」
「そうだな」
武蔵は静かに答える。
「そなたの成長に伴い、我がここに留まれる時も伸びておる」
「え?」
胸が高鳴った。
「まさか……」
「どうやら今のそなたなら——三分ほどは持つようだ」
「さ、三分!?」
思わず大きな声が出た。
今まで一分しかなかった時間が、いきなり三倍。
「マジかよ……!」
「日々の鍛錬の賜物であろう」
武蔵の言葉が、やけに嬉しく響いた。
三分あれば、聞けることが増える。
教えてもらえることも増える。
それはつまり——
俺が、ちゃんと前に進んでいる証拠だ。
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「これからは、より深く教えてやろう」
「よろしく頼むよ、師匠」
「……師匠か」
武蔵はわずかに笑ったような気がした。
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三ヶ月。
長いようで、あっという間だった。
雑用と訓練だけの日々。
派手な出来事なんて何もなかった。
それでも——
俺は確かに、少しだけ強くなった。
そして何より。
武蔵と過ごせる時間は、一分から三分へと変わっていた。
「よし……ここからだな」
開いた本を閉じながら、俺は静かに拳を握った。
地味でもいい。
遅くてもいい。
この三ヶ月で学んだことは、きっと無駄にならない。




