第5話「積み重ねと謎」
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ギルドで働き始めてから、数日が過ぎた。
朝起きて、ギルドへ向かう。
掲示板でできそうな仕事を選んで、ひたすら働く。
武具屋の荷運び。
倉庫の整理。
宿屋の掃除。
派手さはないけれど、どれも必要な仕事だ。
「おうレイ、今日も頼むぞ」
「はい」
武具屋の店主とも顔なじみになり、仕事の段取りもだいぶ手際よくなった。
重い箱を運ぶのにも慣れ、最初のころのように息を切らすこともなくなってきた。
宿屋の女将さんからも、
「ほんと真面目だねぇ。助かるよ」
なんて言われるようになった。
毎日少しずつ、確実に銅貨が増えていく。
十枚。
十八枚。
二十五枚。
そして——
「これで、ちょうど三十枚か」
机の上に並べた硬貨を見て、思わずつぶやいた。
銅貨三十枚。
一文無しだった俺が、ここまで来た。
短剣も、あの半額の約束がある片手剣も、もう少しで手が届く。
けれど——
「……やっぱり、気になるよな」
稼ぎが安定してくるほど、別のことが頭をよぎるようになった。
俺の“あの能力”のことだ。
闘技場で起きたこと。
ボロボロになったカッター。
自然に理解できているこの世界の言葉。
どう考えても普通じゃない。
でも、それが何なのかはまったく分からないままだった。
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ある日の仕事終わり。
受付で報酬を受け取りながら、俺は思い切って聞いてみた。
「あの……ちょっと相談があるんですけど」
「どうしました?」
「自分の能力について、ちゃんと知りたいんです。どこか調べられる場所ってありますか?」
受付の女性は少し考えてから答えた。
「それなら“能力鑑定所”ですね」
「鑑定所?」
「はい。スキルや才能を見てもらえる専門の場所です。ただ——」
そこで彼女は少し言いづらそうに続けた。
「普通はかなりお金がかかるんです。最低でも銀貨一枚は必要で……」
「ぎ、銀貨一枚……」
銅貨三十枚しかない俺には、とても払える額じゃない。
肩を落としていると、受付の人がふと思い出したように言った。
「そういえば……」
「?」
「この街に、ちょっと変わった鑑定士のおばあちゃんがいるんです。腕は確かなんですけど、気に入った相手なら無料で見てくれることもあって」
「無料で?」
「ええ。ただ、誰でもってわけじゃないんですけど……」
そう言って、彼女は一枚の紙に場所を書いてくれた。
「あなた、最近よく働いてくれてますしね。紹介くらいならしてあげますよ」
「ほ、本当ですか?」
「ええ。頑張ってる新人には優しくしないと」
その言葉が、やけにうれしかった。
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教えられた場所は、街の外れにある小さな店だった。
看板には古びた文字で——
“鑑定所 ラーナ婆”
と書かれている。
「ここか……」
少し緊張しながら扉を開けると、奥からしゃがれた声がした。
「なんだい? 客かい?」
出てきたのは、背の低いおばあちゃんだった。
白髪をまとめ、丸い眼鏡をかけている。
「あの、ギルドの紹介で来たんですけど……」
「ほう? あそこからの紹介かい」
おばあちゃん——ラーナ婆は、じっと俺の顔を見つめた。
「ふむ……あんた、ちょっと変わった匂いがするねぇ」
「匂い、ですか?」
「才能の匂いさ」
そう言ってニヤリと笑う。
「いいだろう。今回は特別だ。タダで見てやるよ」
「え、本当にいいんですか?」
「気まぐれさ。面白そうな若いのは好きでね」
こうして俺は、能力鑑定を受けることになった。
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おばあちゃんは水晶のような道具に手をかざしながら、何やらぶつぶつとつぶやいている。
しばらくして、ふうっと息を吐いた。
「……なるほどねぇ」
「わ、分かるんですか?」
「ああ。だいたいはね」
俺は思わず身を乗り出した。
ついに、自分の力の正体が分かる——はずだった。
「まず言えるのは、あんたの力は“魂に関わるもの”だ」
「魂……」
「特殊スキルに近い。かなり珍しいタイプだね」
けれどラーナ婆は首をひねる。
「ただねぇ……普通のとは少し違う」
「違う?」
「力の源がはっきりしないんだよ。魔力とも違うし、加護とも違う」
俺の期待は、少しずつ不安に変わっていく。
「じゃあ、どうすれば使えるとかは……」
「さっぱりだね」
あっさりと言い切られた。
「えっ」
「発動条件も不明。代償も不明。何ができるのかも曖昧。正直、こんな妙な力は初めてだよ」
思わず脱力する。
「……結局、よく分からないってことですか?」
「そういうことさ」
ラーナ婆は楽しそうに笑った。
「まあ一つだけ言えるのは——あんたの力は、相当やっかいで、相当面白いってことだね」
「全然うれしくないんですけど……」
「ははは。若いってのはいいねぇ」
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鑑定所を出るころには、すっかり日が暮れていた。
手元には、ここ数日で稼いだ銅貨三十枚。
生活は安定してきた。
もう武器だって買える。
それなのに——
「……余計に分からなくなった気がする」
自分の力が何なのか。
どうすれば使えるのか。
危険なのか、安全なのか。
結局、ほとんど何もはっきりしなかった。
分かったのはただ一つ。
俺の能力が、普通じゃないってことだけ。
「なんなんだよ、本当に……」
銅貨の入った袋を握りしめながら、俺は小さくため息をついた。
答えはまだ、どこにも見えないままだった。




