第3話「はじめての街」
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完全に体が回復した翌朝。
「今日は街を案内してやろう」
診療所の前で、ガルスさんはそう言ってくれた。
「え、いいんですか?」
「君はこの街のことを何も知らないだろう? まずは最低限の場所を覚えるのが先だ」
正直、これ以上ないくらいありがたい申し出だった。
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通りに出ると、改めてこの街の様子が目に飛び込んでくる。
石造りの建物が並び、行き交うのは人間だけじゃない。
獣耳の種族や、小柄な亜人、肌の色も背丈も違うさまざまな人々。
「ここは交易都市リーネス。人間も獣人も亜人も暮らす、多種族共存の街だ」
「本当に……いろんな人がいますね」
自然にそう答えながら、俺は内心で小さく首をかしげていた。
(やっぱり普通に会話できてるな……)
昨日から感じていた違和感。
俺はこの世界の言葉なんて知らないはずなのに、誰とでも当たり前のように話せている。
これもきっと——あの“能力”の影響なんだろう。
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最初に連れて来られたのは、大きな看板の店だった。
「ここが武具屋だ。冒険者になれば、まず世話になる場所だな」
店の中には、剣や盾、鎧が所狭しと並んでいる。
その中で一番目立つ棚に、小さな短剣が並んでいた。
「初心者用の短剣だ。値段は——」
値札にはこう書かれていた。
——初心者用短剣:銅貨十三枚。
「一番安い武器だな。訓練用に近いが、ないよりはマシだ」
「銅貨十三枚……」
今の俺の所持金は、もちろんゼロ。
値段を見ただけで、ため息が出そうになる。
その隣には、もう少ししっかりした剣があった。
——駆け出し用片手剣:銅貨二十八枚。
「実戦でまともに使うなら、このくらいからだ」
銅貨二十八枚。
今の俺には、まるで別世界の金額だった。
「まあ、最初から武器を買える新人はほとんどいないさ」
ガルスさんは気楽そうに笑う。
どうやら一文無しスタートは、別に珍しくないらしい。
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次に案内されたのは、一軒の宿屋だった。
「ここは“白鹿亭”。初心者向けで値段も安い」
中は落ち着いた雰囲気で、安心して泊まれそうな場所だ。
「一泊いくらくらいですか?」
「一番安い部屋なら銅貨二枚。食事付きでも三枚あれば足りる」
銅貨二、三枚。
武器の値段と比べると、ずいぶん現実的に感じる。
「まずはここを拠点にするといい」
問題は——
(その銅貨すら、今の俺は持ってないんだけどな)
思わず苦笑いしたくなる。
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続いて連れて来られたのは、不思議な雰囲気の店だった。
「ここは魔道具店だ。回復薬や簡単な魔法道具を扱っている」
棚には色とりどりの瓶や、見慣れない道具が並んでいる。
「初心者が買うなら、簡単な回復薬くらいだな。銅貨五枚ほどだ」
魔法という言葉に、胸の奥が少しだけざわつく。
いつか俺も、こういう場所にお世話になる日が来るんだろうか。
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歩きながら、ガルスさんはこの世界のお金について改めて教えてくれた。
「この街で一番使うのは銅貨だ。食事一回で一枚、パンなら半枚ほど」
屋台を指さしながら続ける。
「銀貨一枚は銅貨五十枚分。金貨はその二十倍だ」
自然と頭の中で計算ができる。
銅貨が基本単位。
日常生活はほとんど銅貨で回る。
「つまり、まずは銅貨を稼ぐところからだな」
「……はい」
今の俺は、本当に一文無し。
何をするにも、まずは金が必要だ。
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最後に案内されたのが——冒険者ギルドだった。
「ここが君の仕事場になる場所だ」
建物の中は人であふれている。
人間も獣人も亜人も、種族関係なく入り混じっていた。
「登録すれば身分証にもなる。初心者向けの仕事も多い」
「ここで働けば、お金を稼げるんですね」
「ああ。ただし最初は雑用ばかりだろうがな」
掲示板には、簡単そうな依頼がいくつも貼られている。
掃除や手伝い、雑務——
危険のない仕事が中心らしい。
「武器も金もない君には、ちょうどいいだろう?」
その言葉に、俺は力強くうなずいた。
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案内が終わり、診療所の前に戻ってくる。
「これで最低限の場所は覚えたはずだ」
「本当に助かりました」
「礼なら、まずは自分の力で稼いでからだな」
ガルスさんの言葉が胸に響く。
今の俺には金も武器もない。
あるのは、この体と——謎の能力だけ。
「……よし」
まずはギルドで登録して、銅貨を稼ぐ。
短剣も宿代も、全部そこからだ。
「一文無しからのスタート、か」
思わず小さく笑う。
でも、不思議と不安はなかった。
ここが俺の、生きていく世界なんだから。




