第25話「久しぶりの声」
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Dランク昇格試験を終えた、その日の夜。
俺は宿のベッドの上で大きく息を吐いていた。
「……疲れた」
体のあちこちが痛い。
でも不思議と嫌な疲れじゃない。
昇格できた実感が、じわじわと胸に染みてくる。
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テーブルの上には二本の剣。
試験で使った片手剣と、武具屋から譲り受けた“名前のない剣”。
俺は布で静かに刃を拭きながらつぶやいた。
「お前のおかげで勝てた……ってわけじゃないけどな」
まだ真価を見せない、不思議な剣。
それでも、今日の勝利は俺自身の力……のはずだった。
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「だが、よくやったものだ」
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突然、部屋に低く渋い声が響いた。
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「っ!?」
思わず顔を上げる。
そこに立っていたのは――
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見慣れた着物姿の男。
腕を組み、静かにこちらを見下ろすその人物。
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「……武蔵!」
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久しぶりに現れたその姿に、俺は思わず声を上げた。
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「ほう。よくぞ勝ちおったな、小僧」
口元にうっすら笑みを浮かべる。
「見てたのかよ……」
「無論だ。
己の弟子の晴れ舞台、見逃す師がおるものか」
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胸の奥が、少しだけ温かくなる。
「最近、全然出てこなかったじゃないか」
「ふむ。
お主が自分の足で立つ時期であったからな」
武蔵はゆっくりと俺の前に腰を下ろした。
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「この数ヶ月、お主はよう励んでおった。
無駄な戦いに頼らず、己を鍛えた」
そして真剣な目で言う。
「今日の勝利は、紛れもなくお主自身の力だ」
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その言葉に、胸の奥がじんと熱くなった。
「……初めて褒められた気がする」
「初めて褒めるに値する戦いであったからな」
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相変わらず辛口だ。
でも、その声はどこか嬉しそうだった。
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武蔵はふと、テーブルの上の剣に目を向けた。
「……ところで、その剣」
「ん?」
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“名前のない剣”。
武蔵はゆっくりと手を伸ばし、そっと触れる。
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「妙な気配を纏っておるな」
「やっぱり分かるのか?」
「うむ。
まだ目覚めてはおらぬが……ただの鉄ではない」
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俺は思わず身を乗り出した。
「正体、分かるのか?」
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しかし武蔵は首を振る。
「今はまだ、何とも言えぬ。
だが――いずれお主の力となる器であることは確かだ」
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「器……?」
「そうだ。
お主の魂の具現化と深く結びつく代物よ」
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胸が高鳴る。
この剣が、いつか本当に力を発揮する日が来るのかもしれない。
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「だがな、小僧」
武蔵は俺をじっと見た。
「今日の勝利で満足してはならんぞ」
「分かってる」
「Dランクは、まだ道の途中に過ぎぬ。
これから先、真に厳しい戦いが始まる」
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俺は静かにうなずいた。
「……次は、もっと強くなるよ」
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その言葉を聞いて、武蔵は満足そうに笑った。
「良い顔になったではないか」
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そして立ち上がり、背を向ける。
「今宵はこれにて失礼する。
次に呼ぶ時は、さらに強くなっておれ」
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「……ああ。任せろ」
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武蔵の姿は、静かに薄れていった。
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部屋には再び静寂が戻る。
けれど俺の心は、さっきよりずっと熱かった。
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「次へ、か……」
Dランクになっただけじゃ終わらない。
ここからが本当の始まりだ。
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俺は“名前のない剣”をそっと握る。
「一緒に行こうぜ」
答えるように、ほんのわずかだけ――
剣が温かくなった気がした。




