第2話「目覚めと違和感」
⸻
目を開けると、知らない天井があった。
木の板を組み合わせただけの素朴な天井。
蛍光灯なんて便利なものはなく、代わりに小さなランプが部屋を照らしている。
「……どこだ、ここ」
体を起こそうとして、全身に走った鈍い痛みに思わず顔をしかめた。
重い。
とにかく体が重い。
まるで何日もぶっ続けで運動したあとみたいに、腕も足も言うことをきかない。
「生きて……る?」
ぼんやりした頭でつぶやく。
最後の記憶は、街の近くで倒れたところまで。
そのあとどうなったのかは、まったく覚えていない。
考えていると、部屋の扉がきしむ音を立てて開いた。
「おや、目が覚めたかい」
入ってきたのは、白髪交じりの中年の男だった。
落ち着いた雰囲気で、白衣のような服を着ている。
どう見ても“医者”という感じだ。
「……あの」
「無理に起き上がらなくていい。君は三日も眠っていたんだ。体が動かなくて当然さ」
「三日……?」
そんなに長く?
驚く俺に、男は小さく肩をすくめた。
「街の外れで倒れていたのを見つけてね。放っておくわけにもいかないだろう? ここは私の診療所だ」
どうやら、本当に助けられたらしい。
「……ありがとうございます」
そう口に出してから、ふと違和感に気づいた。
(……あれ?)
今、俺はこの人と普通に会話している。
当たり前みたいに受け答えしているけど——
ここは日本じゃないはずだ。
(俺、なんで言葉が分かってるんだ?)
相手の言っていることが、驚くほど自然に頭に入ってくる。
聞き慣れないはずの発音なのに、意味もニュアンスも理解できている。
「どうかしたかい?」
「あ、いえ……なんでもないです」
慌ててごまかす。
今は混乱を悟られたくなかった。
俺はゆっくりと周囲を見回した。
木造の部屋。
見慣れない家具。
窓の外から聞こえる、人々のざわめき。
間違いなく——ここはもう、日本じゃない。
「ここって……どこなんですか?」
「この街の外れさ。君は運が良かったよ。あと少し発見が遅ければ危なかっただろうね」
男はそう言いながら、俺の腕に軽く触れた。
「ひどい疲労状態だった。魔力酔いのような症状もあったし……何をしたのかは知らないが、相当な無茶をしたんだろう」
「魔力……?」
聞き慣れない単語に思わず聞き返す。
やっぱり完全に異世界なんだと、改めて実感する。
「名前は?」
「……レイ、です」
「レイか。私はガルス。まあ、ただの街医者だ」
ガルスと名乗った男は穏やかにうなずいた。
その言葉も、はっきり理解できる。
(やっぱりおかしいよな……)
どう考えても変だ。
俺はこの世界の言葉なんて勉強した覚えはない。
それなのに、初対面の相手と何の問題もなく会話できている。
もしかして——
(あのときの“能力”のせいなのか?)
闘技場で聞いた、頭の中の声。
体が勝手に動いた感覚。
あれと同時に、言葉まで理解できるようになったんだとしたら。
そんなことを考えていると、ガルスさんが指さした。
「君の持ち物はそこにまとめてある。勝手に触るのも悪いと思ってね」
そこには俺のスクールバッグが置かれていた。
見慣れた黒い肩掛けバッグ。
それを見た瞬間、胸の奥が少しだけ安心した。
「よかった……残ってた」
ゆっくりと手を伸ばし、中身を確認する。
歴史の本も、筆箱も、そのままだ。
そして——
ポケットに手を入れると、あのカッターがあった。
けれど。
「……え?」
思わず声が漏れた。
刃は欠け、金属部分は歪み、
持ち手にはひびが走っている。
まるで何年も使い古した道具みたいに——
ひどくボロボロだった。
「おかしいだろ……」
夢だったなんて言い訳は、もう通用しない。
闘技場の出来事も。
頭の中の声も。
言葉が理解できているこの状況も。
全部——現実なんだ。
「しばらくは安静にしていなさい。動けるようになるまで、ここにいて構わない」
「……ありがとうございます」
ガルスさんが部屋を出ていくと、静けさが戻った。
俺は天井を見上げ、小さく息を吐く。
異世界。
謎の能力。
そして、自然に理解できる言葉。
「……いったい、何なんだよ俺は」
答えはどこにもない。
でも一つだけ、はっきりしていることがある。
俺はもう、元の世界にはいない。
そしてこの世界で——
生きていかなきゃいけないってことだけだ。




