第18話「折れた剣と約束」
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結界が消えた直後から、すべては一瞬だった。
俺は全力で飛び出し、シャドウドレイクの前へ躍り出る。
「こっちだ!」
声を張り上げ、わざと大きく足音を立てる。
狙いはひとつ。
とにかく注意を俺に向けさせること。
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黒い巨体が低く唸り、天井から滑り落ちるように迫ってくる。
怖いなんて言ってる余裕はない。
勝つためじゃない。
アリアを生かすための時間稼ぎだ。
「来いよ、化け物……!」
二本の剣を握りしめ、正面から踏み込んだ。
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だが——
相手の強さは、想像をはるかに超えていた。
爪の一撃を受け止めた瞬間、腕が痺れる。
「ぐっ……!」
重い。速い。
まるで人間相手の戦いとは次元が違う。
それでも必死に耐え、走り回り、注意を引きつけ続けた。
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その時だった。
影が揺れ、爪“だけ”が突然目の前に現れた。
「なっ——!」
全身転移じゃない。
部分的な転移。
反応が遅れた。
慌てて剣で受けるが——
金属が悲鳴を上げる。
乾いた破裂音とともに、一本目の剣が無惨に折れ飛んだ。
「くそっ……!」
残った一本で必死に防ぐ。
だが次の一撃で、その最後の剣も粉々に砕け散る。
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両手に残ったのは、役に立たない柄だけ。
武器はもうない。
「……やばいな、これ」
息は荒く、体中が痛い。
完全に追い詰められた。
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「レイ!」
遠くからアリアの声が響く。
振り返ると、彼女は出口へ向かって走っていたはずなのに——
足を止めて、こちらへ戻ろうとしていた。
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「待ってて! 今そっちに——」
「来るな!」
反射的に叫んでいた。
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アリアが驚いたように立ち止まる。
「でもあなたが……!」
「いいから先に行け!」
「置いていけるわけないでしょ!」
彼女の声は震えていた。
怖いはずだ。
それでも俺を助けようとしてくれている。
だからこそ——
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「ここで戻ったら、全部無駄になる!」
折れた剣を放り捨て、叫ぶ。
「俺の時間稼ぎが、全部意味なくなるんだよ!」
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アリアは唇を噛みしめた。
分かってる。
頭では理解している。
でも感情が追いついていないんだ。
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だから俺は、まっすぐ彼女を見て言った。
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「先に行け。
俺は必ず後から追いつく」
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「嘘よ……そんなの」
「嘘じゃない」
胸の奥で心臓が暴れている。
本当は怖い。
立っているのもやっとだ。
それでも——
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「だから……信じてくれ」
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ほんの数秒の沈黙。
シャドウドレイクの唸り声だけが響く。
やがてアリアは、ぎゅっと拳を握りしめた。
「……絶対だからね」
「ああ」
「絶対、追いついてきてよ」
「約束する」
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彼女はもう一度だけ俺を見て——
そして振り返り、扉へ向かって走り出した。
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これでいい。
これで、いいんだ。
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だが、現実は甘くない。
武器を失った俺に、再び黒い影が迫る。
次の一撃で終わる。
そう直感した。
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「……ここまでかよ」
覚悟を決めかけた、その瞬間——
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「力に力で抗うな」
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頭の奥で、あの声が響いた。
「受けて、流せ」
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体が勝手に動く。
武器はない。
力も残っていない。
それでも——
わずかな足運びと体さばきだけで、迫る爪の軌道を紙一重で逸らした。
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攻撃ではない。
勝つための技でもない。
ただ“生きるため”の受け流し。
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「ぐっ……!」
衝撃で地面に叩きつけられる。
体は限界を超えていた。
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それでも——
視線の先で、アリアが扉の向こうへ消えていくのが見えた。
「……よし」
小さく息を吐く。
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「約束したんだ。
生きて帰るってな」
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立ち上がる足は震えている。
それでも俺は、もう一度だけ前を向いた。




