第17話「生き残るための選択」
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結界の内側は、かろうじて静けさを保っていた。
外ではシャドウドレイクがゆっくりと歩き回り、時折こちらをうかがうように唸り声を上げている。
薄い光の膜一枚を隔てた向こう側に、死がある。
「……落ち着いた?」
アリアの声で、俺はようやく深呼吸した。
「なんとか」
さっきまでの恐怖がまだ体に残っている。
でも、ここからは冷静に考えなきゃいけない。
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「まず、状況を整理しましょう」
アリアは静かに切り出した。
「正直に言うわ。
この結界は、もう長くはもたない」
「やっぱり……」
「魔力の残量もギリギリ。
ここに留まり続けるのは不可能よ」
それはつまり——時間切れが近いということ。
「シャドウドレイクの行動パターンは?」
「……正直、ほとんど分からない」
アリアは悔しそうに首を振った。
「影に潜んで奇襲する。
それだけは確かだけど、規則性がないの。
動きも読めないし、癖も見つけられなかった」
予想以上に最悪の状況だ。
「つまり、作戦らしい作戦は立てにくいってことか」
「ええ」
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沈黙が落ちる。
勝てない。
助けも来ない。
時間もない。
「……逃げるしかないんだよな」
「そうね。戦うのは論外よ」
アリアははっきりと言い切った。
「でも、ただ走って逃げるだけじゃ、あれからは逃げ切れない」
それは俺も分かっていた。
あの巨体と威圧感。
正面から逃げ切れる相手じゃない。
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「となると……」
俺は頭の中で必死に考える。
どうすればいい?
何ができる?
そして——ひとつの答えにたどり着いた。
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「……囮が必要だな」
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アリアが目を見開く。
「囮?」
「そう。
どっちかがあいつの注意を引きつけて、その隙にもう一人が逃げる」
これしかない。
単純で、危険で——でも一番現実的な方法。
「でも……そんなの」
アリアの表情が曇る。
「囮になったほうは、ほぼ助からないわ」
「分かってる」
それでも——
「このまま二人でじっとしてたら、確実に二人とも死ぬ」
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再び沈黙。
結界の外で、シャドウドレイクが低く唸る音だけが響く。
「……私がやるわ」
アリアが静かに言った。
「もともと私のミスでこうなった。
だから——」
「それはダメだ」
反射的に遮った。
「え?」
「アリアは魔力がもう限界なんだろ。
結界を張れるのも、支援魔法が使えるのもアリアだけだ」
それに——
「俺は一応、前衛だ。
囮になるなら、俺の役目だよ」
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「レイ……」
「大丈夫。
戦うわけじゃない。時間を稼ぐだけだ」
本当は全然大丈夫じゃない。
怖いに決まってる。
でも——
「ここまで助けてもらったんだ。
今度は俺の番だよ」
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アリアはしばらく黙り込んでいた。
そして、小さく息を吐く。
「……本当に、いいの?」
「ああ」
「無茶よ。
下手したら、死ぬわ」
「分かってる」
それでも俺はうなずいた。
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「作戦はこうだ」
俺は結界の外を見ながら続ける。
「俺が先に外に出て、あいつの注意を引く。
その間にアリアは全力で出口へ走る」
「でも……」
「勝つ必要なんてない。
生きて帰ることが最優先だ」
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アリアは唇を噛みしめ、そして——
「……分かった」
静かにうなずいた。
「あなたの作戦に乗るわ」
その言葉に、少しだけ肩の力が抜けた。
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「合図は?」
「私が結界を解除する瞬間。
その直後にあなたが外へ」
「了解」
心臓が早鐘を打つ。
怖い。
正直、足が震えてる。
それでも——
「必ず、生きて帰ろう」
俺の言葉に、アリアは小さく微笑んだ。
「ええ。
絶対によ」
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結界の外で、シャドウドレイクがゆっくりとこちらを見た。
まるで、次の獲物を待つように。
作戦は決まった。
あとは——
実行するだけだ。




