第15話「静かな迷宮」
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初級迷宮の中は、驚くほど静かだった。
石でできた古い通路。
薄暗い灯り。
湿った冷たい空気。
「……本当にここが迷宮か?」
想像していたのは、もっと危険で騒がしい場所だった。
けれど実際は——
足元には薬草が生えていて、
壁際には小さな鉱石がきらりと光っている。
魔物どころか、虫一匹いない。
「拍子抜けってレベルじゃないな」
それでも油断はできない。
目的はあくまで“行方不明者の捜索”。
俺は慎重に周囲を確認しながら、ゆっくり奥へ進んでいった。
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しばらく歩いているうちに、ひとつ分かったことがある。
「どうやらここ、三階層に分かれてるみたいだな」
一層目。
二層目。
そして三層目。
階段を下りるたびに、ほんの少しずつ空気が重くなる。
「なんか……嫌な感じが増してきた」
はっきりとした危険はない。
それでも、胸の奥がざわつく。
C級パーティが行方不明になった迷宮。
なのに、ここまで何も起きないなんて——
「……やっぱり、おかしいよな」
疑問だけが増えていく。
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そして俺は、三層目の最奥にたどり着いた。
「でかい扉だな……」
重厚な石造りの扉。
いかにも“特別な場所”だと主張している。
「たぶんここが、ボス部屋ってやつか」
本来ならEランク程度の魔物がいるはずの場所。
昨日の昇格試験で勝ったせいか、どこか気持ちが大きくなっていた。
「様子を見るだけだ。
危なければすぐ戻る」
自分に言い聞かせて、俺は扉を押し開けた。
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中は想像以上に広い空間だった。
円形の大部屋。
静まり返った石の床。
「……なんだ、これ」
だがすぐに、部屋の奥で奇妙なものに気づいた。
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半透明の光の膜。
人ひとりがすっぽり入れるくらいの範囲に、淡く輝く結界のようなものが張られている。
「魔法……の結界?」
人工的な守りのフィールド。
どう見ても自然のものじゃない。
その内側だけが、安全地帯のように見えた。
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「誰かが作ったもの……だよな」
ということは——
ここに“人がいる”。
そう思った瞬間だった。
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天井の暗がりで、何かが動いた。
かすかな気配。
重たい空気の揺れ。
「……え?」
見上げた瞬間——
巨大な影が、そこにあった。
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黒く濁った鱗。
長い尾。
鋭い爪と牙。
暗闇に溶け込むように張り付いていた、それは——
「ドラゴン……みたいな、モンスター?」
息が止まる。
理屈じゃない。
見ただけで分かる。
「やばい……」
本能が全力で警告を鳴らしていた。
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その巨体が、ゆっくりと動き出す。
俺を獲物と認識したかのように、低く唸り声を上げた。
「っ……!」
体がすくむ。
逃げなきゃいけない。
でも足が動かない。
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そのとき——
結界の内側から、必死な声が響いた。
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「こっち! 早くその中に入って!」
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女性の声だった。
切羽詰まった、焦りの混じった叫び。
「誰か……いるのか!?」
考える暇はない。
次の瞬間、天井の影が大きくうねった。
巨大な爪が、俺めがけて振り下ろされる。
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「避けろ、レイ!」
武蔵の声で、ようやく体が動いた。
「うわあああっ!」
地面を転がるようにしてかわす。
背後で石床が砕け散った。
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「早く! 結界の中へ!」
声のするほうへ視線を向ける。
淡く光る結界。
そこだけが、安全に見えた。
「くそっ……!」
俺は剣を握りしめ——
全力でその光の中へと駆け出した。
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背後から、禍々しい咆哮が迷宮に響き渡った。




