第13話「予想外の昇格」
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掲示板に貼られた迷宮の依頼票。
あれを見てからというもの、俺の頭の中はずっと同じことでいっぱいだった。
「初級迷宮……」
行ってみたい。
でも、今の俺はまだGランク。
迷宮に挑むには最低でもFランク以上が必要——それがギルドの規則らしい。
「つまり、まずは昇格ってことか」
そう思って受付で相談すると、あっさり答えが返ってきた。
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「昇格試験ですね」
受付のお姉さんは慣れた口調で説明してくれる。
「GからFに上がるための試験はひとつだけ。
Eランク試験官と模擬戦をして——二分間、戦闘不能にならずに耐えることです」
「二分間……」
「勝つ必要はありません。
実戦で最低限戦えるかどうかを見るための試験です」
なるほど。
かなり現実的な内容だ。
「受けますか?」
「……お願いします」
迷う理由なんてなかった。
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試験は、その日のうちに行われることになった。
ギルド裏の訓練場。
周囲には見物の冒険者たち。
向かい合う相手は——
「よろしくな、新人」
軽い笑みを浮かべた、双剣使いの男だった。
両手に短めの剣を構え、いかにも素早そうな身のこなし。
「俺が試験官だ。
二分間耐えれば合格。それだけだ」
「……よろしくお願いします」
剣を握る手に力が入る。
耐えるだけでいい。
でも相手はEランク。
簡単なはずがない。
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「では——始め!」
合図と同時に、試験官が一気に踏み込んできた。
速い。
想像していたよりずっと速い。
「くっ……!」
双剣の連撃が容赦なく襲いかかる。
受けるだけで精一杯。
反撃する余裕なんてまるでない。
(これが……Eランクかよ)
今まで戦ってきた相手とは次元が違う。
足がもつれ、呼吸が乱れる。
ただただ防ぎ、逃げ、しのぐ。
それでも——
(耐えるだけなら……!)
歯を食いしばり、なんとか体勢を保つ。
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残り時間が頭をよぎった、その瞬間。
(このままじゃ……ダメだ)
ふと、そんな思いが胸をよぎった。
耐えるだけでいい。
分かっている。
でも——
ここで何もできないまま終わりたくない。
「うおおおっ!」
覚悟を決めて、渾身の一撃を振り抜いた。
試験官の剣にぶつかり——
金属音とともに、片方の剣が弾き飛ばされる。
「お?」
周囲がどよめいた。
俺自身も驚いた。
「……やった」
初めて作れた、はっきりとした好機。
けれど——
「悪くない一撃だ」
試験官は余裕の笑みを崩さない。
そして懐に手を入れ、あっさりと言った。
「でもな。
Eランクはそんなに甘くない」
取り出されたのは——予備の一本の剣。
「……マジかよ」
経験の差を、これでもかと思い知らされる。
そこからは再び一方的だった。
連撃に押され、体勢を崩され、息が上がる。
(くそ……これが本当の実力差か)
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追い詰められたそのとき。
ふと、頭の中にあの人の姿が浮かんだ。
——新免武蔵藤原玄信。
(そうだ……武蔵は——)
武蔵といえば、二刀流。
その言葉が、稲妻のようにひらめいた。
俺の視線は自然と、地面に転がっている相手の剣へ向かう。
考えるより先に体が動いた。
転がっていた剣を拾い上げる。
左右の手に一本ずつ。
人生で初めての——二刀流。
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「おいおい、本気か?」
試験官が思わず吹き出す。
「素人が真似したって、うまくいくわけねえだろ」
周囲からも失笑が漏れた。
それでも俺は構えを取る。
武蔵の言葉を思い出しながら。
(落ち着け……無駄な動きはいらない)
相手が油断した、その瞬間。
ほんの一瞬だけ生まれた隙間に——
俺は全てを賭けた。
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「——二天一閃!」
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二つの剣が、一つの軌跡となって走る。
武蔵に教えられた呼吸。
間合い。
そして一撃の重さ。
気づいたときには——
試験官の剣は宙を舞っていた。
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静寂。
「……は?」
最初に声を出したのは、相手本人だった。
周囲も呆然としている。
「勝負あり、だな」
試験官は苦笑しながら両手を上げた。
「まさか負けるとは思わなかった」
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その後は大騒ぎだった。
「本来は耐えるだけの試験だが……」
ギルド職員たちが相談し、最終的に告げられたのは——
「この内容なら、Fどころじゃない。
推薦で——Eランクへ昇格だ」
「……え?」
思わず間抜けな声が出た。
「Gから一気にEへ。
文句なしの結果だ」
信じられなかった。
ほんの少し前まで、逃げてばかりだった俺が。
今——
正式なEランク冒険者として認められた。
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ギルドを出たとき、空はすっかり夕焼け色だった。
「Eランク、か……」
腰の剣にそっと手を置く。
今日の勝利は偶然かもしれない。
相性が良かっただけかもしれない。
それでも——
確かに俺は、一歩前に進んだ。
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掲示板に貼られた、あの依頼票が目に入る。
——初級迷宮・行方不明者捜索。
もう、資格はある。
「……次は、迷宮だな」
胸の奥で、小さく火が灯った気がした。




