第11話「一歩の重み」
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初めての討伐を終えた翌日。
俺はいつもより少しだけ早く目が覚めた。
体はまだ少し重い。
腕や足のあちこちが筋肉痛だ。
それでも、不思議と気分は悪くなかった。
「……勝ったんだよな、昨日」
何度も思い返してしまう。
ゴブリンとの戦い。
震える手。
必死だった自分。
派手な勝利なんかじゃない。
でも確かに、俺自身の力で掴んだ結果だった。
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ギルドへ向かう道すがら、剣の鞘を軽く叩く。
この剣で戦った。
この剣で、生き延びた。
それだけで、昨日までと世界の見え方が少し違う気がした。
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ギルドの扉をくぐると、いつも通りの喧騒。
俺は受付に向かい、討伐の報告を済ませた。
「お、初討伐か。よくやったな」
受付のおじさんが感心したようにうなずく。
「はい……なんとか」
「最初はみんなビビるもんだ。無事に帰ってきたなら上出来だよ」
そう言って、約束の報酬を手渡してくれた。
手のひらに乗った銅貨の重み。
たった数枚でも、昨日までとは違う意味を持っている気がする。
「これで俺も……一応、討伐経験ありってことか」
小さくつぶやくと、自然と口元が緩んだ。
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けれど浮かれてばかりもいられない。
空いた時間、俺はいつもの空き地で剣を握った。
昨日の戦いを思い出しながら、ゆっくりと素振りをする。
「動き、めちゃくちゃだったよな……」
実戦になると、訓練でできていたことが全然できなかった。
足はもつれるし、力は入りすぎるし、視野も狭くなる。
勝てたのは運がよかっただけ——そう言われても否定できない。
「まだまだだな、ほんと」
だからこそ、止まるわけにはいかなかった。
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夜。
宿に戻った俺は、いつものように歴史の本を開いた。
「武蔵」
名前を呼ぶと、すぐに落ち着いた声が返ってくる。
「昨日はよく生き残ったな」
「……最初の言葉がそれかよ」
「実戦とはそういうものだ」
相変わらず容赦がない。
「正直、全然ダメだった。言われたことも半分もできなかったし」
「当たり前だ」
武蔵はあっさりと言う。
「初めから完璧にできる者などおらぬ。
大事なのは——次に活かすことだ」
その言葉に、俺は小さくうなずいた。
「足運びが雑だった。
視線もぶれておった。
だが、逃げずに戦いきったのは良い」
「……褒めてるのか、それ」
「半分はな」
短い三分間の中で、武蔵は昨日の戦いを丁寧に振り返ってくれた。
何が良くて、何が悪かったのか。
次はどうすべきか。
ほんの少しの時間でも、その言葉は確かに俺の中に残っていく。
「一度の勝利で慢心するな。
だが、自分を過小評価する必要もない」
「……うん」
「昨日の一歩は、確かに前へ進んでおる」
その言葉を最後に、武蔵の気配がふっと消えた。
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静かになった部屋で、俺はゆっくり息を吐く。
「一歩、か……」
昨日の戦いは大きな一歩だった。
でも、同時に思い知らされた。
俺はまだまだ弱い。
強くなるには、もっともっと積み重ねが必要だ。
銅貨の入った袋を手に取る。
たった一度の討伐で得た、小さな報酬。
けれどその重みは、今までのどんなお金よりもずっしりとしていた。
「次は……もう少しマシに戦えるようにならないとな」
掲示板に貼られていた、少し難しそうな依頼のことを思い出す。
焦らず。
でも止まらず。
昨日の一歩を、次の一歩につなげる。
それが今の俺にできる、ただひとつのことだ。




