第10話「はじめての討伐」
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掲示板の前で、俺は一枚の依頼票をじっと見つめていた。
——近郊小型モンスターの駆除。
内容は簡単だ。
街の外れに出没する弱い魔物を数体倒すだけ。
三ヶ月前なら、絶対に手を出さなかった種類の仕事。
でも今は違う。
「……そろそろ、いけるはずだよな」
腰には使い慣れてきた片手剣。
体力もついた。
基礎の剣術も、武蔵に叩き込まれた。
もう“逃げるだけの新人”じゃない。
俺は意を決して依頼票を手に取り、受付へ向かった。
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ギルドを出て街の外へ。
初めての実戦だというのに、思ったより頭は冷静だった。
森に近づくにつれて、人通りは減っていく。
空気も少しだけ重くなる。
「……ここから先が依頼の範囲か」
剣の柄を軽く握り直す。
正直、怖い。
でも逃げるつもりはなかった。
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草むらの奥で、ガサリと音がした。
反射的に身構える。
そこから現れたのは——
小柄で汚れた緑色の魔物。
粗末な棍棒を持った、ゴブリンだった。
「……本物かよ」
訓練とはまったく違う緊張感が走る。
心臓がうるさい。
そのとき、俺は小さく息を吸った。
「武蔵」
静かに名前を呼ぶ。
数秒の沈黙のあと——
「……ようやく実戦か」
落ち着いた声が響いた。
新免武蔵藤原玄信。
頼れる三分間の師匠だ。
「アドバイス頼む。初めてなんだ」
「焦るな。相手をよく見ろ」
武蔵の声は静かだった。
「恐れは誰にでもある。
だが、恐れに飲まれるな」
その言葉だけで、少しだけ肩の力が抜けた。
「基本の構えを忘れるな。
足は軽く、視線は相手の中心へ」
「……分かった」
「余計な動きはするな。
普段の素振りを思い出せ」
たった三分。
でも、その言葉ひとつひとつがやけに心強い。
「よし……行くぞ」
俺はゆっくりと前に出た。
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ゴブリンが棍棒を振り上げて突っ込んでくる。
速くない。
でも油断はできない。
(落ち着け……)
武蔵に教わった通り、体を横にずらす。
振り下ろされた棍棒が、空を切った。
「今だ」
自分に言い聞かせるようにつぶやき、剣を振る。
ぎこちない一撃。
でも——
刃は確かに相手に届いた。
ゴブリンがよろめく。
「いける……!」
もう一度、踏み込む。
足運び。
構え。
呼吸。
全部、三ヶ月の訓練で染み込ませた動きだ。
必死に剣を振り続け——
最後の一撃で、ゴブリンはその場に倒れた。
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「……はあっ、はあっ」
終わった。
本当に、終わった。
俺はその場にへたり込みそうになるのを、なんとかこらえた。
「やった……」
震える手で剣を握り直す。
勝てた。
訓練だけじゃない。
本物の戦いで、ちゃんと。
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「まずまずだ」
武蔵の声が静かに響いた。
「だが、動きはまだ甘い。
無駄が多い」
「厳しいな……」
「初陣としては上出来だ」
その言葉に、少しだけ胸が熱くなる。
けれど次の瞬間——
「……そろそろだな」
「あっ」
「気を抜くな。
戦いはここからだぞ」
その言葉を最後に、武蔵の声はふっと消えた。
三分間の指導、終了。
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俺は大きく息を吐いた。
まだ足は震えている。
心臓も落ち着かない。
でも——
「ちゃんと、戦えたんだな」
初めての討伐。
派手な勝利じゃない。
ギリギリの一勝。
それでも、俺にとっては大きな一歩だった。
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その後も慎重に周囲を警戒し、依頼にあった数のゴブリンをなんとか倒しきった。
帰り道。
剣についた傷を見ながら、俺は小さくつぶやく。
「……まだまだだな」
でも、確かに前に進んでいる。
三ヶ月の努力は無駄じゃなかった。
武蔵の三分間も、確かな力になっている。
「次はもっと上手くやってやる」
街の門が見えてきた。
今日のこの一歩が、きっと次につながる。
そう信じられるくらいには——
俺はもう、弱くなかった。




