白い羊のコリン
海原に陽が昇る頃、漁港では漁師たちが船を係留し、各々が物揚場で魚の荷揚げ作業を始めていた。
白髪の男が一人、漁船から上陸して駐車場へ向かう。男はライターを取り出し、煙草に火を付け、車の荷台に荷物を放り投げて運転席に着いた。
男の住まいは港町から片道三〇分の所にあった。道中、緩やかな傾斜面では大草原が見渡せる。そこでは羊飼いが笛を使い、犬たちに羊を誘導させていた。羊飼いは男の車に気付くと手を上げて挨拶する。男もまた車から手を出しそれに応えた。
男は自宅の前に車を止めて家に入る。棚からウイスキーを取り出し、グラスに注ぎ、また煙草に火を付けた。男はテーブルにある娘の写真を眺めながら、過去に想いを馳せる。
それが彼の日課だった。
十二月二十四日───。
男は漁を終えて、無駄話もせず、誰よりも先に帰路へ立った。辺りは薄暗く、雪が降り始めている。草原の見える道、車のヘッドライトが道路脇の草むらを照らし出していた。男の目は死んでいる。その目の端に一瞬、何かが映り込んだ。咄嗟にブレーキを踏み込み、アスファルトにタイヤ痕を残す。男は息を整え、車から降りて現場へ急いだ。
男は思わず拳銃を取り出し、人面の化け物に銃口を向けた。その息も絶え絶えの化け物の顔があまりにも幼い子どもの顔に見えてしまい、男は恐れ固唾を呑み込んだ。地面に膝を着き、拳銃を置いて、化け物へ震えた手を伸ばす。
暖炉の炎が暗闇の中を浮き彫りにしていた。
男は化け物の応急処置を終え、暖炉の前に小さなベッドを作り、そこに化け物を寝かせた。男はテーブルの席に座り、片手にはウイスキーの入ったグラスを、膝の上には拳銃を置いて、煙草を蒸かしながら化け物を眺めていた。
男は娘が亡くなった日のことを思い出す。妻が家を出て行った。そんな光景を繰り返し、繰り返し思い出していた。なぜか、その度に化け物が小さなか弱い生き物に見えてしまう。男は、人面の動物が短命であることを知っていた。
男は涙し、歯を食い縛り、
「神は、なんて残酷なんだ……」
とぼやき、酔い潰れるまで助けたことを後悔した。
「パパの好きな羊!」
男は夢から目覚め、重たい上体を起こし、娘の写真に写っていた羊のぬいぐるみを見た。
「……コリデール。お前の名前は」
男の瞳には、暖炉の前で眠っていた小さな羊を優しく撫でる娘の姿が見えていた。
「お前の好きだったコリンにしよう」
男はそう言いながら涙を流して微笑んだ。




