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誰の未来を照らすか

イレーヌの前に、教会の大主教が現れたのは、その翌日だった。


「君の決断を、尊重したいと思っている」

 柔和な顔でそう言った大主教は、しかしすぐにこう続けた。


「ただし、今後も祝福を請け負っていただけるなら、という条件付きでね」


 それは“選ぶ自由”に見せかけた、極めて巧妙な拘束だった。

 祝福の儀式は、教会の威信に関わる。

 イレーヌが離れることは、すなわち「奇跡の終わり」を意味するのだ。


「……もし私がそれを断れば?」


「教会からの保護を失うことになるだろうね。ナジル殿との関係も、教会関係者としてふさわしいものとは思えないと、上層部は判断している」


 まるで、“誰を選ぶか”を問われているようだった。


 祝福の力と、ナジル。

 多くの人を助けてきた“祈り”と、自分の“幸福”。


 どちらかを選べば、どちらかを失う。

 そう思った時──ナジルの声が、脳裏に蘇る。


「俺は、君が幸せになることが一番大事なんだよ」


 あの言葉を信じていいのか。

 それとも、愛とはもっと“重たい責任”なのか。



 その夜、イレーヌはナジルのもとを訪れた。


「……私、祝福をやめるつもりでした。でも、それが誰かの未来を照らす力になると知った今、もう無視はできません」


「そうか」


 ナジルは、わかっていたように頷いた。

 彼女が抱える重さを、最初から知っていたのだ。


「でも」


 イレーヌは、ナジルの手をそっと握った。


「今度は、ただの“器”としてじゃなく、私自身の意志で、祝福を祈りたい。──そして、あなたの隣にいたいとも、思っています」


「……両方、選ぶのか?」


「ええ。選ばれるばかりの人生はもう終わり。私は、私の望む未来を“選ぶ”」


 それは、最も難しく、勇気のいる選択だった。

 けれど、ナジルはすぐに笑った。


「そう言ってくれるの、待ってた」


 彼の手が、彼女の手を強く握り返す。


「ただ一緒にいたいだけだった。君が誰を祝福しようと、何を祈ろうと、俺が君を選ぶことは変わらないよ」


 イレーヌの目に、涙がにじんだ。


 選ばれることの喜びは、確かにあった。

 だが今、彼女は「自分が選ぶこと」の尊さを知った。


(誰の未来を照らすのか、それを決められるのは、私自身)


 その心の光が、夜空の星よりも確かに瞬いていた。



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