表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/25

かつての花嫁たち

その日、イレーヌは自らの足で町へと出た。

 行き先は──過去に自分が祝福を施した夫婦たちのもと。


「答えを出す前に、見ておきたいの。私が何を残してきたのかを」


 そう言ってナジルに別れを告げ、彼女は一人、最初の花嫁の家を訪れた。


 扉を開けたのは、当時十八歳だった若き伯爵令嬢──今は落ち着いた母親の顔をしていた。


「イレーヌ様……まさか……!」


「お久しぶりです。突然すみません。少しだけ……お話を伺えたらと」


 最初は驚いていた令嬢も、やがて優しく迎えてくれた。

 聞けば、政略結婚とされていたその夫婦は、式の直後からぎこちないながらも歩み寄りを重ね、今では心から信頼し合っているという。


「あなたの祈りが、最初の“空気”を変えてくれたの。あれがなかったら、たぶん一歩目を踏み出せなかった」


 イレーヌは微笑んだ。

 祝福の力が“その後”につながっていたのだと、初めて確かめることができた。


 彼女は続けて、いくつもの家を訪ね歩いた。


 ──幸せな家族を築いた者。

 ──道半ばで別れたが、穏やかに笑っていた者。

 ──新しい命を抱いていた者。

 ──戦争で夫を亡くしたが、「それでも出会えてよかった」と語る者。


 皆が言った。

 「イレーヌ様の祈りが、私たちの最初の一歩でした」と。


(……わたしは、誰かの“未来”の入口を、開けてきたんだ)


 けれど、その足取りが重くなったのは、ある屋敷の前だった。


 ──最後に訪れたその家では、離婚の噂が立っていた。


 かつての花嫁は、痩せ細り、目元に深い影を宿していた。


「……あの祝福は、間違いだったのかもしれないわね」


 その言葉に、イレーヌの胸は締めつけられた。

 確かに、神の加護は“幸福”を約束するものではない。

 祈りはあくまできっかけに過ぎず、人生を形作るのは人自身だと、知ってはいた。


 だが──


「……それでも、私が一瞬でも幸せを信じられたなら。意味はあったんでしょうね」


 彼女はぽつりとそう言った。


 それを聞いたイレーヌの中で、何かが変わった。


(祝福とは、未来の保証じゃない。

 ほんの一瞬でも“信じられる力”を渡すこと)


 それは、自分が今欲しかったものと同じだった。

 未来がどうなるかわからなくても、信じたい人がいる。

 だから、今度は──


(わたし自身が、自分の祈りに責任を持たなくちゃいけない)


 夜、教会に戻ると、ナジルがいた。


「どうだった?」


「……たくさんの“今”を見てきました。うまくいった人も、そうでない人も。でも皆、一歩目を踏み出す“光”を、ほんの一瞬でも信じられたと言ってくれた」


 イレーヌはゆっくりと彼を見つめた。


「だから、今度はわたしが“選ぶ”番なんです。誰の未来を照らすかを、誰と一緒に歩きたいかを──」


 ナジルは一言も挟まず、ただ頷いた。


 その沈黙が、何よりも優しかった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ