祝福の代償
ナジルとの出会いから三か月。
イレーヌは“花嫁”ではないが、彼のそばで確かに「選ばれた存在」として過ごしていた。
だが──
「そろそろ戻ってきていただけませんか、イレーヌ様」
教会の上位神官が、冷ややかに告げる。
イレーヌが“祝福を請け負う式”をすべて一時休止していたことが、上層部の怒りを買っていた。
「あなたの祈りを求める声が、日に日に増しています。式が不安定になるという声も」
「……私の祈りがないと、不幸になると?」
「我々はそうは言いません。しかし、事実として“神の光”はあなたの存在と共に現れていた」
それは、優しいようでいて、脅迫だった。
教会が彼女を“個人”ではなく、“資産”として扱っていることを、改めて思い知らされる。
「……では、私が誰かの妻になるとしても、祝福を請け負い続けろと?」
「当然です。“祝福の器”に個人の都合など許されません」
その言葉が突き刺さる。
教会を出ると、ナジルが待っていた。
彼はその顔を見るなり、眉をひそめた。
「言われたんだな」
「……ええ。“戻ってこい”と」
イレーヌはため息交じりに空を仰いだ。
選ばれることは、時に責任を伴う。
だが、選んだ相手がいるからこそ、その責任とどう向き合うかを考えねばならない。
「君が本当にやりたいことは?」
ナジルは、短くそう尋ねた。
「……わからない。でも、ただ誰かのために祈るだけの人生をもう一度繰り返すのは──怖いの」
それは自己中心ではない。
ただ、初めて得た「自分の人生」を失いたくないという、切実な願いだった。
「じゃあ、俺と一緒に考えよう。君が、誰のために生きたいか」
彼はもう、“君を選ぶ”ではなく、
“君に選ばれたい”とさえ言わなかった。
イレーヌは、ほんの少しだけ微笑んだ。
そして胸に問いかける。
(私が、本当に“選びたい”ものは──?)