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祝福を必要としない人々

その国には、祈りがなかった。


 ヴェゼラン王国。

 神殿のない地。

 法と契約だけが人を繋ぐ、“現実主義の国”。


 イレーヌは今、その土を踏んでいた。


「歓迎するよ、“祝福の巫女”イレーヌ=ミレヴィナ殿」


 そう出迎えたのは、若き宰相・セリオ=ハインツ。

 理性的で、無駄を嫌うこの国を象徴する男だ。

 出迎えの儀礼すら省略し、滞在期間の目的を即座に明示した。


「今回の主目的は、文化交流と“式の比較研究”だと聞いている。だが、あらかじめ言っておく。我が国には“祝福”の概念はない。結婚は制度であり、情緒ではない」


 そう言い切る瞳には、信仰への軽蔑すら浮かんでいた。


「あなたの“祈り”には敬意を払うが、こちらでは不要と判断される可能性が高い。どうか了承願いたい」


 イレーヌは微笑んだ。


「ええ、承知しています。ただ……私自身が、“祝福のいらない結婚”をこの目で見てみたいのです」


「……?」


 セリオは少しだけ眉をひそめた。


「祈りのない結婚に、あなたの出番はあるのか?」


「あるかどうか、ではなく。ある“べき”かどうか、を探しに来ました」



 イレーヌが滞在するのは、王都郊外の小さな役人宿舎。

 その周囲には、まるで神殿のような荘厳な建築は見当たらない。

 代わりに目立つのは、「公文書館」や「契約庁」と書かれた建物ばかり。


(この国では……“信じること”ではなく、“確かめること”が重視されている)


 それは、祝福という“目に見えないもの”で世界を満たしてきた彼女にとって、未知の感覚だった。


 翌日、彼女はセリオに連れられ、とある結婚式に参列することになる。

 だがそれは──


「……これが、結婚式?」


 参列者は十数名。

 契約文書が朗読され、双方が同意の署名をし、立会人が記録し、終了。

 音楽も、祝辞も、祈りもない。

 あるのは「事実」の積み上げだけ。


「あなたが立ち会うことで、文化的には意味がある。だが、それ以上ではない」


 セリオは言った。


「我々にとって、結婚とは“国家が保証する生活共同体の構築”にすぎない。……愛も、信仰も、必要ではない」


 イレーヌは静かに答えた。


「では、あなたは誰かの“幸せ”を祈ったことはありますか?」


「……祈る必要があるのか? 努力すればいい」


「努力で届かない場所に届くのが、祈りなのだと、私は思っています」


 セリオの目が、わずかに揺れた。


 この国では、祈りは“幻想”とされている。

 だが、祈られずに生きている人々の心に、“祈りの形”は本当に要らないのか。


 その問いを携えて、イレーヌはこの国の中へ、静かに足を踏み入れた。



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