第87話 乙女の想い
湊の誕生日が終わった次の日。
あたしは朝ベッドから体を起こして眠気まなこを擦りながらリビングへと顔を出す。
「おはよー」
リビングにいるのは朝食の準備をしている母とテーブルに座って新聞を読んでいる父、そしてソファでスマホを触っている妹の3人だ。
「おはよ、彩葉」
「……やっと起きて来たか」
「お姉ちゃん、遅すぎ」
あたしの方を向いて三者三様の反応をくれるのはいつもの光景だ。
あたしはまだママの朝食ができるまで時間がかかると踏んで先に洗面所で顔を洗って制服に着替えておく。
制服に着替え終えてからリビングに戻り妹の横に並んで座ってスマホを触り始める。
いつもだったらここでインステやミーチューブを適当に流し見するのだが、今日は少しだけ淡い期待を抱いてメールボックスを開く。
そしてそのメールボックスにはあたしが楽しみにしていたメールが昨日の日時で届いていた。
あたしはふぅと深呼吸をしてから震える指で目的のメールをタップしてその中身を見る。
そこに書かれていた内容を全て読んだあたしは嬉しさのあまり胸の前でガッツポーズをした。
「よっし!!!!」
家族からは変な視線を向けられたが今のあたしはそんなのを気にしている余裕はない。
何故ならこのメールにはあたしが先日受けたオーディションに受かったという旨が記されていたのだから。
それもやりたかった役の合格だ。
あたしが受かった分、他の受験者の人たちが落ちてしまったのは仕方ないが、それでも他の人たちとはまた違う場所で共演できる事を願っている。
あたしは鼻歌を歌いながら学校に登校して自分の席に座ると早速友達の早乙女莉桜と神楽恵が話しかけて来た。
「どしたん?彩葉。今日めっちゃ機嫌いいじゃん」
「確かにそうですね。いつもに比べて機嫌良さそうに見えます」
あたしは2人に話しかけられて少しだけにやけ顔を見せながら今朝の嬉しさを2人と共有する事にした。
「実はさ……この前受けたオーディション受かったんだよね」
あたしが少し溜めてからそう話すと2人はまるで自分の事のように喜んでくれた。
「え!凄いじゃん彩葉!彩葉もついにドラマデビューかぁ。今のうちにサインとか貰っといた方がいい!?」
「私も彩葉のサイン欲しいです。これから彩葉はどんどん有名になって手の届かない存在になるんですね……」
「ちょ、2人とも大袈裟すぎ!」
2人の大袈裟な反応のせいか普段あまり関わりのないクラスメイト達もこちらを興味津々な様子で伺っている。
そしてそんなクラスメイト達と同様に聞き耳を立てていたのか海斗、秀、健人の3人も近寄って来た。
「彩葉、合格おめでとう。いつか共演できるといいね」
「俺は陰ながら彩葉の事応援しているよ」
「彩葉凄すぎだろ。海斗と彩葉の2人が俳優と女優とかこのクラスエグいな」
3人ともそれぞれの方法であたしの事を喜んでくれてあたしもそれを嬉しく思う。
だけどあたしが1番最初に喜んで欲しかった人は今も自分の机で無表情でスマホを触っている。
あたしはこのクラスでは彼に話しかけれない。
話しかけたら多分彼に嫌われるから。
だからあたしは遠くから彼の様子を見る事しか許されない。
改めてそれを自覚するとはぁ、とため息を吐きたくもなるというものだ。
そんなあたしの様子を見てか海斗が励ますように口を開いた。
「湊にも喜んでもらえるといいね」
あたしはその言葉にカァァァと顔が赤くなるのを感じて思わず顔を伏せてしまう。
「にしてもなんで皆星宮に話しかけないん?別に話しかけても良くない?クラスメイトなんだし。てか普段学校であまり言葉交わしてないから部活でもそんなに仲良いと思わなかったし」
「莉桜の言う通りです。私もそれは疑問に感じてました。何か理由でもあるんですか?」
映研の部員ではない2人は皆が湊に話しかけない理由を知らないようで、秀がこっそりと耳打ちしている。
それを聞いた2人は一応納得してくれたが、それでも湊に対して少し理解できないものを見るかのような目を向ける。
彼は全くその視線にも気づいていないようで無表情のままスマホを触り続けている。
そんな彼の様子を視界に捉えながらもあたしは教室で彼に話しかけれない事を憂い再度はぁ、とため息を吐くのだった。
今日の1日の授業も全て終了して放課後に突入した。
あたしは今日はいつもより早く教室を飛び出して部室に向かう。
湊はまだ教室で荷物の片付けをしていたようで今日はあたしの方が部室に先に到着するはずだ。
あたしが湊と言葉を交わせるのは部活中と下校の時だけだから、その短い時間を大切にしたい。
あたしは誰よりも早く部室に到着して近くの椅子に座る。
初めて早く部室に到着したけど、まさか人がいない部活がこんなに静かだったとは思わなかった。
当然と言えば当然なのだがそれでもあたしは騒がしい部室しか知らないため新たな発見だった。
それから少しして聖先輩とメイちゃんがやって来た。
今日1番乗りだったあたしに2人は驚きで目を見開いていたが、すぐに2人ともいつもの定位置に座って各々作業を始めた。
あたしが知らなかっただけでこれがいつもの光景なのだろう。
そのまま少しずつ時が経っていきあたしが待っていた湊がようやく扉を開けて部室に入って来た。
最初あたしの存在を認識した時は一瞬驚いていたが、反応はそれだけですぐに適当な席に座ってスマホを触り出す。
伝えるタイミングは今しかない。そう思ったあたしはその場で立ち上がり湊に近寄った。
「あ、あのさ、湊……」
あたしは少し緊張して声が上擦っているのを感じる。
「ん?どうした?」
湊は怪訝そうな顔でこちらを見てくる。
今はお世辞にも格好いいとは言えない伊達眼鏡をかけているがそれでも正面から見たら格好いいと思えるのはあたしが恋しているからなのかもしれない。
あたしが湊に声をかけたタイミングで面白いものを見つけたかのように聖先輩とメイちゃんは自分たちの作業を止めてニヤニヤしながらこちらを見ている。
扉の外にはいつもはもっとゆっくり来るはずの友里、陽毬、海斗、秀、健人の5人が扉を少しだけ開けてこっそりと覗き見ている。
湊はそんな皆の様子に全く気づいておらず、首を傾げながらあたしを見ているだけだ。
あたしは一度ふぅ、と深呼吸してから今日一日ずっと言いたかった言葉を発した。
「あたしオーディション合格したよ、湊!」
一瞬ポカンとした顔をした湊だったがあたしの言葉を聞き意味を理解すると彼は普段あまり見せない笑顔を見せてから立ち上がった。
「よくやったな、彩葉」
そう言ってあたしの肩をポンポンと叩いてくる湊の事を愛おしく感じる。
彼に褒められるとあたしも報われる気がするし、やっぱ湊の事好きだな、と自覚する。
その後廊下にいた5人が一斉に雪崩れ込んできて湊は呆れた視線を向けるもあまり不愉快だとは思っていなさそうで「何やってんだ、お前ら」と声をかけてから元の椅子に座り直す。
あたしはその様子を見ながら彼に触られた肩に手を置いて先ほどの感触を思い返す。
そしていつかはきっと彼と気軽にお互い触れ合えるような関係になりたいとそう願うのだった。




