第80話 アドリブ
「ではまず自己紹介から始めてください」
あたし達はオーディションを受ける部屋へと入りオーディションの面接官5人の前に置かれている椅子へと着席すると同時にオーディションが開始する。
オーディション形式は面接官5人と受験者5人で行われ、最初の方は簡易的な質問をされて最後に実技試験、つまり演技能力が問われる試験が実施される。
あたしは他の人の自己紹介を聞きながら待っているとすぐに自分の番がやってきた。
「受験番号19番の七瀬彩葉です。スターミリオンプロダクション所属でモデルやってます」
あたしも他の人と変わらないような自己紹介をして椅子に座る。
面接官の人たちの圧が凄くて、自己紹介するだけで冷や汗が流れる。
湊は先日の稽古してる時に面接はいつも通りの彩葉で大丈夫、と言ってくれたけどそれでも不安は拭えない。
それからいくつか質問をされて順に答えるという事を繰り返して最後に実技試験がやってきた。
「……とりあえず口頭での質問はここまでです。次は皆さんの演技力を見せてもらいたいと思います。皆さんは『それでも君に恋をする』のヒロインである槙野柚の友人役、桜井美月役を志望という事なので私が選んだシーンを今から演じてもらいたいと思います。台本は見てもらっても大丈夫です」
そう言って1番偉いと思われる真ん中の面接官は台本のページをペラペラと捲り始める。
あたし以外の他のみんなは台本を取り出し始めたが、あたしはこの1ヶ月間湊に特訓をしてもらったおかげで桜井美月の台詞・感情の全てが頭の中に入っているため台本なんて不要だ。
台本がある方が安心するかもしれない。
でも台本に頼っていてはあたしの成長につながらない。
あたしにとってここは本番と同じ緊張感で演じきるつもりだ。
あたしは覚悟を決めて真ん中の面接官の目を見返す。
あたしと目が合った面接官はあたしが台本を取り出そうともしなかったのを見て口元を緩めて「ふっ」と少し笑った気がした。
しかしすぐに元の表情へと戻り再度言葉を発する。
「それでは受験番号16番の人から順に桜井美月が主人公に告白して振られるシーンを演じてください。主人公の台詞は私が言います」
面接官も意地の悪い事になかなかハードルの高いお題を出してくる。
実は桜井美月というキャラクターはヒロインである槙野柚の友人であるが、主人公である皆川泰斗に片想いしている1人だ。
そして面接官が指定してきたのは桜井美月の告白シーン。ここはあらゆる主人公である皆川泰斗の想い、ヒロインの槙野柚の想い、そして桜井美月の想いが三者三様で交錯する部分だ。
他の受験者は次々と主人公に振られて泣き崩れる様子を演じる。
確かに演技としてなら彼女たちも上手いかもしれない。でも面接官の顔色は変化しない。
何故なら彼女らの演技にはオリジナリティに欠ける。
今の彼女たちは決められた台詞を発しているだけ。そんなのはおそらく面接官の求めているところではないだろう。
結局5人の面接官の顔色は一度も晴れることなくあたしの番がやってきた。
「では次は19番のあなた、準備はいいですか?」
その言葉にあたしは一度落ち着いて深呼吸をする。
そして目を見開いて腹の底から大きく声を出す。
「はい!お願いします!」
あたしの言葉を聞いた面接官は台本に目を落とし主人公の台詞を発する。
「えっと、なんでこんなところに呼び出したの?」
「それは……実は泰斗くんに話したい事があって……」
あたしは今桜井美月に自分を当てはめてる。
もちろん相手は湊を想像している。
「ふーん、美月が個人的に呼び出すなんて珍しいじゃん。何かあった?」
「……最初は柚の紹介だったけどさ、もう自分の気持ちが抑えきれなくなってきたんだ」
「それってどういう……」
「単刀直入に言うと私泰斗くんの事好き、なんだよね」
あたしは顔を少し紅潮させながら台詞を発する。
しかしこの後の展開は残酷な事に美月が振られる。
「……ごめん。俺は君の思いには応えられない」
台本通りならこの後美月は泣き崩れる。
台本にも確か桜井美月は振られた後「私の何がダメなの?」的な言葉で主人公に詰めかかり、友人である槙野柚の悪口も言い、このシーン以降登場しなくなる。
しかし本当に美月はそんな行動に出るのだろうか?
台本を読んでいて美月は主人公とヒロインを同じくらいに好きなはずだとあたしは感じた。
それがたった1回振られたくらいで泣き崩れて友人の槙野柚を悪く言うとは到底思えない。
なのであたしの意見はこれだ。
「……そっかぁ」
あたしは泣き崩れる事なく逆に安心したような表情でそう呟く。
もちろんアドリブで面接官たちも同じ受験者たちも皆が呆気に取られている。
「……うーん、でもしょうがないよね。あたしはただ柚に勝てなかっただけだもんね」
そこまで言ってから鼻を啜って少しだけ涙を流す。
「……でもこれだけは柚に勝ちたかった、なぁ」
「……悪い」
あたしのアドリブに付き合ってくれるのか面接官もアドリブで返してくれる。
それに対してあたしは首を横に振りながら応える。
「ううん、泰斗くんは全然悪くないよ。でもあたしを振ったんだから柚と幸せになってよね!」
そこで最後にニカッと笑顔を見せてからあたしの実技試験は終了した。
あたしは最後に一度お辞儀だけして席に着席する。
面接官たちには比較的好印象だと思いたい。
その後受験番号20番の子の演技が終わってからあたし達はオーディション会場を後にした。
それなりに手応えはあったため、あとは合格している事を祈るのみである。




