第7話 七瀬彩葉①
翌日、俺は学校に早く到着したが友達がいない為1人で本を読んでいる。
仲良くなったと思った海斗は左前の方でもう仲良さそうな友人達と一緒に過ごしているし、七瀬も右前の方に集まって昨日部活では一切見せなかった笑顔を振り撒いている。
授業始まってからまだ2日目だというのにこの差はなんなんだろうか。
俺は本をキリがいいところまで読んでからスマホを取り出して昨夜来たレインの内容を眺める。
昨夜、先輩から映画研究部のグループレインに招待されて翌日、つまり今日から早速活動を始めるという旨を伝えられていた。
俺と海斗は理解した事を伝える為「了解です」のスタンプを送ったが、七瀬は何の反応も示さず無視を決め込んでいた。
これから同じ部活動仲間としてやっていくというのにこの先不安しかない。
俺はそう思って右前の七瀬に視線を向けるが今の彼女は昨日の様な協調性がない様には見られない。
つまるところ猫を被っているのだろう。
俺にとってはどうでもいいが、ちゃんと部活に来るかどうかだけは不安である。
しばらくして担任の先生が教室に入ってきたので俺はそこで考える事を一旦やめ、今日という新たな一日をスタートさせるのであった。
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放課後になり授業も全て終了し部活の為に昨日と同じ教室に向かう。
廊下を歩いている時にたまたま海斗と出会って、喋りながら一緒に部室へと向かう事にする。
海斗は俺みたいな陰キャ相手でも分け隔てなく優しくしてくれるから本当にいい奴なんだと思う。
俺と海斗が部室の扉を開けるとそこには既に聖先輩が何やら試行錯誤しながら文章を書いていた。
「何してるんすか?先輩」
俺は少し気になってそう問いかけたところ、先輩は驚いた様な表情で顔を上げる。
「ッ!?びっくりしたぁ!もう集中している時にいきなり声かけないでよ」
「それは、すみませんでした。それで一体何を?」
「んー、実はさ脚本書いてたんだよね。ヘンゼルとグレーテルっていちおう童話としてあるわけだけど、やっぱりところどころ改変して私たちのオリジナルにしたいしさ」
「なるほど、確かにそれはそうですね」
俺は納得行った様にうんうんと頷いてから時間を確認する。
ちょうど今の時間は16時30分を過ぎたあたりだ。
授業が終わるのが16時20分だった事を考慮すると、まだ10分しか経っていない事になる。
先輩はまた脚本を書き始めていて邪魔するのもいけないと思ったので俺は鞄から本を取り出して続きを読み始める。
すると隣の席に腰を下ろしていた海斗に声をかけられた。
「それって板倉健吾の『修学旅行の殺人』だよね。僕も読んだ事あるから知ってるよ。確かドラマ化もされていたよね」
「あぁ、そうだな」
ちなみにこの『修学旅行の殺人』という小説のあらすじとしては、とある高校の2年生30人が山奥の村に1週間の修学旅行に行く事になるのだが、そこで事件が起きる。それが毎夜殺人が起きるというものだ。
最初は3人が犠牲になり教師は警戒を強める事に止める。警察には電波の都合上連絡が取れない。
そして2日目には5人殺害される事によって生徒全員が怯える様になり、3日目から場は混沌へと化すようになる。皆が皆、自分以外を信じる事ができなくなり、最終的には殺される前に殺してしまえという考えを持つ様になり、最後は主人公とヒロインが心中してエンディングを迎える。
ちなみに犯人はよくある結論ではあるが、最初に死んだ3人のうちの1人だった。
俺はこの話が人間の醜い箇所をよく表現できていて結構好きだ。それにドラマも見たが犯人役の俳優と主人公役の俳優の演技が群を抜けて上手かったのでよく覚えている。
「俺はこの小説は何周も読んでいるっていうレベルで好きだな。なんと言っても全ての人間がそれぞれに人間らしさを持っているのがいい。実際この世に完璧な人間なんて存在しないんだよ」
俺はそう言って顔を海斗の方に向ける。
海斗は俺の事を少し驚いた様な表情で見てから妙に納得した様な表情を浮かべて頷いてくる。
「うん、確かにね。生徒の事を1番に考えていた教師も、クラスのまとめ役だった学級委員長も、誰とも分け隔てなく接していたクラスの人気者もみんな最後は自分が1番大切だったんだもんね」
どうやら海斗もきちんと話の内容を理解している様で、その後は結構『修学旅行の殺人』の話で盛り上がっていた。
そして気がつくとちょうど17時を回っていた。
この間七瀬は全く姿を表さなかった。
先輩の方を見てみると先輩もちょっと困った様な表情で俺たちの方を見てくる。
「まぁ今日は仕方ないと思います。また明日声かけてみます。とりあえず今日は3人で活動しませんか?」
「そうだね、僕も湊に賛成です。今日は3人でできるところはやりましょう」
「うーん、とは言ってもグレーテルがいない状態で撮影はできないし……」
「先輩はもう脚本書けたんですよね?」
「うん、まぁ。結構時間あったし昨日から取り掛かっていたしね」
「それなら脚本見せてもらっていいですか?先輩に仮のグレーテル役をやってもらってセリフの練習しましょ。それに七瀬もまだ来る可能性もありますしね」
「確かにそれはいいかもね、七瀬さんもいつか来るかもしれないし練習して待ってようか」
海斗も俺と同じ意見の様でその後はとりあえず先輩が仮のグレーテル役をやって俺たち3人でセリフの練習をするのであった。
しかしその日は最後まで七瀬が姿を表す事はなかった。