第50話 白石麗華
彩葉の演技指導を終え、20時半をちょうど過ぎた頃に俺は家に帰ってきた。
「お帰り湊くん」
「……おかえり」
荷物を2階に上がる階段付近に放置してからリビングへと続く扉を開けるといつも通りの笑顔を見せる母さんと話してない時間が長かったからかまだ少し恥ずかしい様子のルナが俺の方に振り向く。
「ああ、ただいま」
俺はルナに声をかけられた事に少し嬉しく思いながらルナの隣のソファに腰掛ける。
「今から湊くんの分用意するわね」
どうやら母さんとルナはもう既に夕食を済ませていたのか今から俺の分だけ用意してくれるようだ。
「ありがと、母さん。それで何見てるんだ?ルナ」
俺は夕食を用意してくれる母さんに対して礼を言ってから今日も今日とてテレビを点けているルナに目を向ける。
「んー別にただのバラエティ番組だよ。ただ、白石麗華が出てるんだけどね」
ルナに言われてテレビに視線を動かすとそこには最近人気の女優が映っていた。
確か前も白石麗華が出ているドラマを見ていたな。
そんな事を思いながらふと疑問に思った事を尋ねた。
「気になるのか?この女優の事」
俺は何の思いもなく尋ねたつもりだったが、ルナは少し驚いた表情をしながら応えた。
「え、覚えてないの?お兄ちゃん、昔白石麗華と何回も撮影した事あったじゃん」
そんな事をルナに言われて自分の記憶を探ってみたがこんな美少女の事を思い出す事ができない。
「……いや間違いじゃないか?流石にこんな美少女と共演していたら忘れるはずないと思うんだが……」
俺が一向に思い出せずにいると、キッチンにいる母さんが口を挟んできた。
「麗華ちゃんは昔何回も湊くんと共演してきた事あるわよ。その頃から彼女も天才子役と呼ばれてたんだけどね、湊くんと出会ってからはずっと湊くんより演技上手くなりたいって努力してた子でもあったわ」.
母さんにそう言われてようやく記憶の片隅から引っ張り出す事ができた。
確か最初に出会ったのは小学2年生の時だったはずだ。
初めて会った時は凄い自信満々な顔をした奴でなんだこいつって思った記憶がある。
ただ初めての共演が終わると何故か泣きそうな顔で俺の方を見ていたのが印象的だった。
その後も何回も共演する機会がありその度に絡まれたが、俺が芸能界から姿を消して以来疎遠となっている。
まさかあの時の泣き虫がここまで有名になるとは思っていなかった。
俺は時の流れを感じながら少しだけ白石麗華を見る目が変わる。
白石は高校生にしてはきちんとした受け答えで場の空気を盛り上げているし、ネットで検索する限り悪評もなく高校生ながら皆に人気な国民的スターのようだ。
「……お兄ちゃん何考えてるの?」
俺は少し昔を思い出しながら物思いに耽っていると、妹のルナにジト目を向けられてしまった。
「何でもない。少し懐かしいなと思っただけだ」
どうせ白石には二度と会う事なんてないだろう。
もう住む世界が違いすぎるのだ。
「湊くん、ご飯できたわよ」
そこで母さんから夕飯ができたと声をかけられたので俺はもうテレビから目を逸らしてテーブルに着席して食事を始める。
昔相手にしていなかった子役の子はもう自分の道を突き進んでいる。
結果も徐々に残してきている。
それに対して俺はどうだ?
将来なりたい職業なんて考えつかないし、今も無駄に毎日を過ごしているだけ。
趣味も無いし特技も演技以外には何も無い。
だがいつか俺にもできるのだろうか?
そんな高校生にとっては当然とも言える将来についての不安を抱え込みながらも今日という時間は止まる事なく夜は静かに更けていくのだった。




