第48話 恐ろしい才能
まず撮影するシーンは国王と王女の会話からだ。
教室の後方中心に広く置かれたベッドに王女役の彩葉が横たわり、その側に国王役の二宮先生が王冠を被り、髭をつけて椅子に座る。
他の皆はカメラに映らないようにカメラ外に掃けている。
ちなみに俺はというと今日はカメラを持つ係だ。
先ほど聖先輩に自然とカメラを渡されて思わず受けとってしまい、撮影する事になったのだ。
聖先輩は俺の左斜め後方の椅子に座り、まさに監督みたいな雰囲気を出しながら足を組んでいる。
先輩は全員の準備が整ったのを見届けてからよく通る声で「アクション!」と言い、役者たちの演技がスタートする。
「……王女よ、ワシが必ずお前の事を救ってやる。だから少しの辛抱じゃ。もう少し耐えとってくれ」
国王である二宮先生が悲痛な面持ちで台詞を吐く。
先生は演技初心者のはずだが思ったより上出来だった。正直これほどまでに演技をできるとは思っておらず、もっと台詞を棒読みしてもおかしくないと思っていたのでこれは嬉しい誤算だ。
そして次は彩葉の台詞だ。
俺は二宮先生から視線を外し、そのまま彩葉の方にカメラを向ける。
「ゴホッゴホッ……お父様、そう焦らずとも大丈夫ですわ。私見た目よりも元気ですもの」
そう言う彩葉、いや王女は今にも死んでしまいそうなほど儚い様子を見せた。
それは演技とは思えないほど洗練されたものだった。
「……ッ!」
二宮先生は彩葉の演技に当てられて言葉に詰まったようなので俺は先輩に目を向け、それを受け取った先輩は「カット!」と声を出して演技を中断させる。
張り詰めた空気が一気に解けて皆口々に彩葉の事を称賛する。
少なくとも4月時点ではここまで上手くなかったはずだ。それだけ家でも演技の練習をしていたという事だろう。
俺は皆に囲まれている彩葉を放って二宮先生に近づく。
「役を演じてみてどうでしたか?」
俺の言葉に二宮先生は悔しそうに歯を噛み締める。
「……どうもこうもない。彼女の演技はここまで凄かったんだな。正直今私は彼女が怖い」
まだ短い付き合いでしかないが、ここまで自分に自信がない先生を見るのは初めてだ。
クラスでもここでも常に自信に満ち溢れていた二宮先生をここまで追い詰めるとは彩葉の才能も恐ろしいものだ。
俺は一旦気が抜けたような顔をして無邪気に皆と言葉を交わしている彩葉に目を向けてから、もう一度先生と向き合う。
「それで役辞退しますか?別に先生は顧問ってだけですし俺が無理やり役押し付けたようなものなので辞退したところで誰も責めませんよ。どうしますか?」
「はっ、ほざけ。私は途中で諦めるってのが1番嫌いなんだ。その上負けず嫌いなんだ。七瀬の才能がどんだけ凄かろうが、初心者を言い訳にはしたくないね。見ていな高校生、大人のやる気を見せてやるよ」
そう口にする二宮先生はさっきまでの自信のなさはどこへやら、いつの間にかいつもの自信に満ち溢れた姿がそこにあった。
この人のこういうところは見習いたいものだ。
「そうですか、まぁあいつに食われないよう頑張ってください」
俺はそう先生に声援を送ってから撮影位置まで下がる。
「はいはい、みんな!撮影再開するよ!」
いつまで経っても彩葉の周りから離れようとしない部員たちに向かって先輩はそう呼びかける。
その声で皆はっとしてからさっきと同じ場所へと下がる。
彩葉が一瞬こちらに視線を向けたが俺は気づかないフリをした。
おそらく皆が彩葉に駆け寄ったのに対して俺だけ先生と話していたから気になったのだろう。
一応あいつは今俺の弟子でもあるわけで何か言葉をかけて欲しかったのかもしれない。
ただ俺はより良い作品を制作する為に先生のメンタルを確認する方を優先した。
まぁあの人には声をかける必要はなかっただろうが。
そんな事を思っているうちにもう一度最初から撮影が再開する。
「……王女よ、ワシが必ずお前の事を救ってやる。だから少しの辛抱じゃ。もう少し耐えとってくれ」
国王の台詞だ。
さっきと同じ言葉だが、さっきよりも必死さが伝わってくる。先生も彩葉の演技を見て役を掴んだのかもしれない。
「ゴホッゴホッ……お父様、そう焦らずとも大丈夫ですわ。私見た目よりも元気ですもの」
やはり恐ろしい才能を持っている彩葉。
二度見ても彩葉の演技には目を見張るものがある。
たださっきと違うのは彩葉の演技がそこまで飛び抜けたように感じない事。
これは先生がだいぶ演技の質を上げたからだろう。
先生は演技素人にしては頑張っている方だと思う。
ただそれでもやはり彩葉の足元にも及ばないのが現実だ。
その後いくつか台詞を交わして国王と王女のシーンの撮影は終了した。
特に先輩も不満はないようで次の場面の撮影へと移る。
次の撮影を開始する前に少しだけ休憩を設けられたので、俺は未だ顔が晴れない様子の二宮先生に声をかけた。
「とりあえず最初の撮影終わりましたけどどうでしたか?先輩も結構満足してますし良かったんじゃないですか?」
「……それは素人なりにはよくやった方だって事だろ?私は何とか七瀬レベルとまではいかなくても彼女と並んで遜色ない程度には演技したかった。ただ実際やってみると思った以上に実力が離れすぎていたみたいだ。彼女はまさに才能の塊って感じだったな」
「それは仕方ない事です。彼女の才能は役者の中でもトップレベル。今日初めて役者になった先生が彼女に並ぼうというのは自分を過信しすぎです」
少し言い方がキツくなってしまったが、先生はそれに対して何も言わず苦笑する。
「お前は痛い事を言う。これでも一応私は顧問なんだがな。まぁでもそう言うお前は彼女と並べるレベルにあるって自分では言うんだろ?」
先生は俺の正体を知ってか知らずかそう言葉を吐く。
それに対して俺は少しだけ口角を上げながら頷いた。
「はい。なんならまだ俺の方が実力が上です。彼女は俺の足元にも及びませんよ」
俺は至極当然とでも言うかのようにそう告げると先生は一瞬目を見開いてから「お前の自信は凄いな!」と声に出して笑うのだった。




