第45話 演技の力
「ただいまー」
今日のバイトも終わり俺は家に帰ってきた。
キッチンの方から「おかえり」という母の声が聞こえる。
いつもこの時間なら妹がリビングを占領してテレビを点けているはずだが、リビングに顔を出しても妹の姿は見えない。
朝も俺が起きた際には既に家を出ていたし、昨日の事で俺と顔を合わせるのが気まずいのだろう。
仕方ないので俺は階段を上がりルナの部屋のドアをノックする。
「ルナ、いるか?」
試しに声をかけてみるが返事は返ってこない。
「なぁ、ルナ。いるんだろ?ちょっとだけでいいから俺に時間をくれないか?」
俺は落ち着いてルナを安心させるような声色で呼びかける。
すると、ドアがギィと開きルナが少しだけ顔を出してきた。
「……なに?」
「ちょっとついてきて欲しいところがあるんだ。俺が昔とは変わってないという事を教えてやる」
それだけ言い残してから階段を下り、母にルナと出かける旨を伝えてから靴を履き替える。
まだルナから行くという返事は貰ってないがルナは俺の言葉を無視できないはずだ。
あいつは必ず俺についてくる。
そう思って階段の方に目を向けるともう既にルナがゆっくりと降りてきてる姿が目に入る。
やっぱりあいつは俺の言葉を無視できなかった。
「ちょっとだけ外行くぞ」
「……分かった」
ルナが靴を履き替えるのを見届けてから外に出る。
今日は月が雲に隠れているせいか辺りが真っ暗だ。
ルナが外に出てくるのを確認してから俺は歩き出す。
数メートル後ろをルナがついてくるが、当然のように俺とルナの間に会話はない。
今の俺たちは他人から見たら兄妹どころか知人とも思われないかもしれない。
それくらい物理的にも心理的にも距離がある。
全く会話が生まれぬまま数分歩いていると、つい先日彩葉と演技の特訓をした公園に辿り着いた。
夜の公園という事もあって勿論誰もいない。
俺はルナの方に振り返ってベンチを指で指す。
「あそこのベンチに座ってろ」
「何する気なの?こんなところまで連れてきてさ」
当然の疑問といったところだ。
俺がこの場所に連れてきた理由はそんなに重要ではない。
正直場所はどこでも良かった。
ただ誰にも邪魔されず静かな場所が1番適していると思って選んだだけだ。
「まぁ座って見てろ。役者に言葉は不要だ」
俺はそれだけ言ってから家に帰っても外していなかった伊達メガネを制服の胸ポケットにしまい、集中するために目を瞑る。
そしてすぐに目を開いてからスラスラと台詞を吐いていく。
「え、これって……」
ルナも気づいたようだ。
昨日ルナが見ていた白石も出演していたドラマの主人公の台詞だ。
あまりきちんと見ていなかった為うろ覚えしかしてないがルナに見せる為ならこれだけで十分だろう。
ルナは目を見開いて驚いている。
「な、なんで……」
俺はギリギリ記憶に残っていた台詞を言い切ると顔をルナに向けて問いかけた。
「俺の演技は昔と比べて衰えていたか?」
ルナは横に首を振りながら応える。
「全然。むしろ輝いてすら見えた」
「だろ?俺だって未だに自分の演技には凄い自信を持っている。父さんの件でしばらくは芸能界に戻る気はないけど、いつかまた戻れたらいいなとは少し思っている」
俺の正直な言葉をルナに伝えるとルナは正面から俺に抱きついてきた。
「……ごめん、お兄ちゃん。酷い言葉ばかり言って。お兄ちゃんの気持ちも知らずに」
「俺は気にしてないから大丈夫だ。それより俺と仲直りしてくれるか?」
「……うん」
そう言葉にする妹の顔は少し赤らんでいた。
こうして俺と妹の関係は無事元に戻る事ができた。
その後家に帰りこの事を母さんに伝えると母さんは2人を抱きしめながら喜んでくれた。
やはり俺とルナの険悪な関係を間近で見てて辛かったのだろう。
俺たち兄妹を抱きしめてた時の母さんは本当に嬉しそうな顔をしてくれて仲直りできて本当によかった。
そう心の中で思いながら目尻に涙を浮かべる母と照れながら顔を背ける妹を見つめるのだった。




