第32話 顧問交渉
午前中の授業が終了し、昼休みに突入した。
普段なら人気のない場所を探して1人寂しく昼食を取るところだが、今日の俺は違う。
俺は授業が終わると同時に席を立ち上がり職員室へと向かう。
職員室へと入室すると先生方の視線が一斉にこっちを振り向くが、それを気にすることなくクラスと出席番号と名前と二宮先生に用がある事を告げる。
すると先生方の中で少し異質で全くこっちに興味を示してなかった二宮先生が自分の名前が告げられたからかようやくこちらに目線を向ける。
二宮先生は片肘ついてる状態で態度は先生のそれとは到底思えないものだが気にしても仕方がないだろう。
俺は二宮先生の近くまで駆け寄り口を開こうとするが、それより早く二宮先生が鬱陶しそうに言葉を発する。
「私は忙しいんだ。さっさと用を話せ」
本当になんで教師になれたのか不思議な人だ。
忙しいとか言いながらも特に何かをしようとしていたわけでなくボーッとしてただけの気がしたが突っ込んではいけないだろう。
俺は二宮先生のその態度に我慢しながら落ち着いて話を切り出す。
「……実は先生に部活の顧問をお願いしたいんです」
「却下だ。用がそれだけならさっさと教室へ戻れ。どうせまだ昼飯食ってないんだろ?時間は有限だ。午後の為にもちゃんと飯を食っておけ」
コンマ1秒あっただろうか?
刹那よりも速いスピードで俺の申し出を却下してきた。
まぁこの返答には予測がついていたので俺は食い下がる事にする。
「そう言わずに話だけでも聞いてもらえませんか?」
俺がそう口に出すと先生ははぁとため息をつきながら嫌々そうに「……話せ」とだけ言ってきた。
この人は何故教師になれたのか不思議なくらいダメ教師ではあるが、食い下がれば生徒の事を無下にできない事も普段の様子を見ていれば分かる。
それに何よりここは職員室だ。他の先生方の目もある為生徒相手にそこまで酷く言えないのだろう。
俺は口角が上がるのを我慢しながら先生に向けて話しかける。
「実は先生には映画研究部の顧問になってほしいんです。と言うのも実は映画研究部は今にでも廃部寸前で顧問が見つからない限り廃部しそうなんです。だから先生にぜひ顧問をやってほしいなと思って声をかけさせてもらいました」
意外にも二宮先生は途中で口を挟む事なく最後まで俺の話を聞いてくれた。
しかしやはり先生の意見は変わらないようで頷いてはくれなかった。
「話を聞いた上で言うが、やはり顧問を引き受ける事はできない」
「……理由を聞いても?」
「私にメリットがないからだ。顧問というのはボランティアみたいなものでやったからと言って給料が増える事はない。例えば運動部とかで全国大会で結果を残したら少しくらい増えるかもしれないが、映画だとその線も薄い。私に顧問をお願いしたいならまずはメリットを持ってくるところからだな」
やはりこの先生は手強い。
この人は根本的に自分にとってのメリットとデメリットを見比べて動く為説得しにくい部類の人間だ。
しかしこっちだって秘策くらい用意してある。
「……メリットがあると言ったら?」
俺は表情を変えずに淡々と口にする。
先生の先の言葉は俺に諦めさせる為のものだったかもしれないが、俺の表情が変わらない事で先生は少し興味を持ったようだ。
二宮先生は面白いものを見つけたかのようにニヤリと口角を上げて応える。
「……ほぅ、聞こう」
「実は映画研究部に所属している人数は今日から6人になりますが、その内訳が若手俳優として人気上昇中の天童海斗、モデルとして活躍中の七瀬彩葉、赤羽友里、如月陽毬、そして……」
「……元天才子役の星宮湊、か」
俺はこれには大きく目を見開いた。
まさか俺の事を先生が知っているとは思わなかったからだ。
「知ってたんですか?」
「生徒の事を知ってるのは当たり前だ。最初は同姓同名の別人かとも思ったが、先月グラウンドでお前が演技してるのをたまたま見かけてな、本物だとその時に気がついたんだ」
「そうだったんですね、それでどうですか?芸能界を経験した事のある人間が5人もいる部活ですよ。面白そうだと思いませんか?」
「確かに面白そうではある。しかしそれだけでは弱いな。もっと他に……」
この言葉も予測通りだ。
面白そうな事が好きな二宮先生ではあるが、やはりもっと強力なメリットがない限り動いてはくれないのだろう。
だから俺は二宮先生の言葉を遮る形で言葉を放つ。
「先生のストレス解消の場にしてくれてもいいんですよ?」
一見意味の分からない言葉。
俺は説明する為に少し屈む形で先生の耳元に口を寄せる。
「先生の性格上、普段の教師生活は息苦しいんじゃないですか?言う事を聞いてくれない生徒達や小言が煩い年配の教師達に疲れてるんじゃないですか?なので楽にする場として映画研究部の部室を使ってもらって構いませんよ。この学校の部室は活動調査のために生徒会だけたまにくるかもしれませんが、基本的に他の教師や生徒は立ち入り禁止の場となっていますからね。先生も夜遅くまで職員室で作業するのも楽じゃないでしょう?全然映研の部室で作業してもらって構いませんよ」
俺はそこまで一息で言ってから先生から離れる。
先生はパチクリと目を見開いてからふっと笑った。
「それは破格な条件だな。確かにいつも職員室での作業は息苦しいと思っていたんだ。交渉成立だな。これからよろしく頼むぞ、星宮」
先生はそう言いながら俺に手を差し出す。
俺はその手を握り返しながら「はい、交渉成立ですね」と笑顔を向けるのだった。




