第20話 兄と妹
あの後続きのシーンを撮影する事になったが、結局何回もリテイクして下校時刻ギリギリにようやく2人が納得してくれて、撮影を終了することになった。
2人とも部活に真剣に参加してくれる事自体は全然良い事なんだが、変なところに細かいんだよな。
なんか完璧じゃないと許せないらしく常に完璧を求め続けてるところには素直に感心している。
俺は途中で海斗や彩葉と別れ、自宅へと帰ってきた。
「ただいま」
俺が玄関の扉を開けると夕飯の良い匂いが漂ってくる。
家に入ってからはまず鞄を隅に置き洗面所で制服を脱ぎ、私服に着替えてから再度鞄を持った状態でリビングに顔を出す。
「お帰りなさい湊」
台所に立っていた母さんは俺の姿を確認するとニコッと微笑んでから声をかけてくる。
流石は元天才女優の笑顔とでも言うべきか、実の母と言えど美人だとも思う。
ソファに座らながらスマホを触っていた妹のルナは、こちらをチラッと見てはくれたが、すぐに興味なくしたようにスマホへと視線を移す。
俺は相変わらずのその様子にため息を吐きながら床に鞄を置く。
これでも昔はお兄ちゃんお兄ちゃんって言いながらずっと俺の後をついてくれるような可愛い妹だった。
しかしいつからか俺とルナはまともな会話をするような事はなくなった。
理由も原因も予測はついているし、それが俺に起因する事だって理解している。
ただ何故ルナがその件で俺の事を嫌いになるかは理解ができない。
はっきり言ったらルナには関係ない事だからだ。
俺はそう思いながらルナに視線を向けていると、ルナは偶然にも顔を上げ俺と視線がぶつかった。
コンマ1秒くらいだっただろうか?
それくらい早く一瞬で睨みつけられた。
妹に睨まれる事がこれほどまでに怖いとは思わなかった。
俺はすぐさま視線を逸らしてルナの隣に腰を下ろす。
「チッ」
思いっきり舌打ちが聞こえたような気がしたが、気にしないでおこう。
ルナは俺を嫌っているのかもしれないが、俺からしたら今でもルナは可愛い妹である事に変わりはない。
それから少しの間静寂がリビングを支配した。
一般的な家庭では楽しく過ごす時間なのかもしれないが、この家にとってそれは程遠いものだ。
俺もルナも母さんとしか言葉を交わさないし、その母さんは家の家事を基本1人でやってるから邪魔しないように俺たちも声をかけるのを控えている。
その為この家には会話というものがないのだ。
「夕飯できたわよ。湊くん運ぶの手伝って」
リビングに満ちていた静寂は母によって破られた。
「はい」
俺は返事だけして立ち上がり台所に置いてある皿を2皿ずつテーブルへと運ぶ。
全皿運び終え、冷蔵庫からお茶とドレッシング類、食器棚から箸3膳取り出してからテーブルに持ってくる。
ルナもいつの間にかソファから動いておりテーブルへと座っている。
俺と母さんが着席してから全員で手を合わせる。
「「「いただきます」」」
今日の夕食は唐揚げとサラダ、ご飯に味噌汁と言ったよく店で見かける唐揚げ定食みたいなものだ。
しかし店と違うのは母さんの料理がそんじゃそこらの店で食べるよりも美味しいという点だ。
これだってただの唐揚げなはずなのに何故か絶品なんだ。
俺はモグモグと口を動かしながら食事を進める。
ちなみにこの家では食事中も無言だ。
母さんはこの状態を改善したいようだが、俺とルナの仲が悪い時点で改善は不可能に近いだろう。
「ご馳走様」
俺はいつも通り食事を最初に食べ終わり、台所に皿を運んでからリビングを出て2階へと上がる。
ルナの部屋が2階の1番手前にあり、その隣に俺の部屋が並んでいる。そして母さんの寝室が最奥にあるという配置だ。
俺は自室へと入りベッドに寝転ぶ。
時間で言えば20時前。まだ寝るには早い時間だ。
俺はゴロゴロしながらスマホを触るが大して面白くはない。
しかし気になる記事が出てきて俺はベッドを起き上がりそれを読んでしまう。
見出しは『今波に乗ってる中学生モデルのLuna、新城監督の新映画に出演決定!』というものだった。
Lunaというのは俺の妹である星宮月がモデル活動で使っている名前である。本名は公表していない為、星宮千秋と星宮湊の家族だと言う事は世間には知られていない。
そして新城監督というのは本名新城新と言い、日本でもトップレベルで有名な監督だ。
昔母さんの撮影について行った時に一度だけ姿を見た事がある。
俺自身は新城監督の映画に出演した経験はない。
しかし新城監督の映画に出演すると俳優、女優として一気に知名度が上がる為オーディションを受ける人の数も多く、出演する事自体難しいと聞いた事がある。
母さんは基本出演オファーが来ていたので、オーディションを通ってはいなかったが、母や俺の名前を使わずに全部一から始めたルナにとっては相当難易度が高いものだっただろう。
俺はよく頑張ったな、という言葉を今すぐにでもルナに言ってやりたかったが最近の俺たちの仲ではそう気軽に声をかける事ができない。
しかしルナの方から頼ってこれば俺はそれを拒否するつもりはない。
なんなら率先して助けてやるつもりだ。
そう思い直してから開いていたページを閉じて、スマホを枕の横へと置き、再度ゴロンとベッドに寝そべる。
俺とルナの仲が元に戻る時は来るんだろうか?
いや、いつかは元の関係に戻りたいと俺は願うのだった。




