第12話 七瀬彩葉⑥
「……これがあたしの中学時代の話。どう?幻滅したでしょ?あたしはクラスでは比較的カースト上位だと思うし、モデルでも成功している。そんなあたしが演劇ではトラウマを抱えている。部活を無断で休んでたのは悪かったと思っている。部長に誘われて入部決めた理由もあたしが自分を変えたかったから。でも、やっぱりあたしはたとえカメラの前だとしても演技をすることが怖い。また他の人に迷惑かけるんじゃないかって」
七瀬はそこまで一息で喋ってから俺の方に振り向く。
その顔は明るいクラスの中心人物、ではなくてただただトラウマに怯えている様子のか弱い女の子であった。
おそらく「辛かったね」と慰めて欲しいのだろう。
「大変だったね」と同情して欲しいのだろう。
しかし俺はそんな言葉をかける程優しい人間ではない。
だから短く分かりやすい言葉をかける。
「弱いな」
「……え?」
「弱いと言ったんだ」
「……はぁ?あんたに何が分かるわけ?」
「俺はお前じゃないしお前の気持ちを完璧に理解する事はできない。ただ──」
ここで一度言葉を区切り、七瀬の目に自分の目を合わせる。
「──お前の気持ちを理解できなくても1つだけ分かる事はある。たった1回の失敗がなんだ?そんな事を気にしていても仕方がないだろ。人間は失敗から学ぶ生き物だ。何回だって失敗していい。ただ1回本当に重要な時だけ成功すればいい」
「なに、それ。あたしにとってはあの時の文化祭だって大事だったし……」
「それは本当に大事だったのか?人間の人生は約80年あるが、お前の中学の文化祭はこの80年の人生の中で上位に来るほど重要だったのか?」
俺は七瀬を圧倒する勢いで捲し立てる。
「それは流石に……」
「なら気にするな。日本の実業家である松下幸之助の言葉でこんなものがある。
『どんなに悔いても過去は変わらない。
どれほど心配したところで未来もどうなるものでもない。
いま、現在に最善を尽くすことである。』
この言葉の通りどんだけ気にしても過去は変わらないし未来にも影響する事もない。だからお前も過去を気にせず今を生きろ」
七瀬は俺の言葉に微動だにせず耳を傾けている。
そして俺はここで今日初めて七瀬に笑顔を見せる。
「それでも辛い時や泣きたい時があるかもしれない。そんな時は俺を頼れ。もうお前の弱い姿を見ているんだ。今更どんな姿を見せられたって俺はお前に幻滅する事はないし、突き放す事もしない。困った時は話くらい聞いてやる。だから何かあったら俺を頼れ。分かったか?」
俺がそう言うと、七瀬はポカンと口を開いたまま呆然としている。
そして少し経ってから言葉を発する。
「あんた自分で何言ってるか分かってんの?凄い恥ずかしい事言ってる自覚ある?」
「俺だって恥ずかしい事言ってる自覚はある。ただ、それ以上に俺はお前に演技をして欲しいと思っている」
「ふーん、あたしに演技して欲しいんだ?」
「……あぁ」
「……分かった。明日からは映画研究部に参加する事にする。流石にモデルある時は無理だけどさ。それにあんたがあたしに演技を教えてくれるんでしょ?元天才子役の星宮湊くん?」
「……気づいてやがったか」
「流石にね。元々名前に聞き覚えあったのはそうだけど、それを抜きにしても演技に絶対的な自信持ってる所とか不良の演技してる時も全く演技に見えなかったしね」
「あんま学校で言いふらすなよ」
「まぁ湊があたしの味方してくれるようにあたしも湊の味方だからさ、そこは安心してよ」
ん?湊?
今までは苗字呼びだった為少し戸惑ってしまう。
ちょっと仲良くなった瞬間に唐突に距離を縮めてくるとは陽キャは恐ろしいな。
「あ、それとクラスではあんま関わって来んなよ。お前が俺の事を信用してくれるのは嬉しいがお前が俺に関わると目立つからな」
「は?嫌なんだけど?」
俺が平穏な学生生活を送るために釘刺しておこうと思って言った言葉に対して七瀬は少し目つきを険しくして睨みつけてきた。
ギャルって怖い。
「……俺はあんまり学校で目立ちたくないんだ。それに俺の見た目的に陰キャだしな。クラスのカースト上位である七瀬が俺と急に関わり出したら嫌でも目立つだろ?だからできるだけ教室では話しかけないで欲しい」
俺がそう言うと七瀬は少し不満そうな顔を向けながら「……分かった」とだけ言葉を発した。
「じゃあさ、あたしがクラスで湊に関わらないようにする代わりにあたしの事も名前で呼んでよ」
「名前?」
「そそ、あたしも湊の事名前で呼び始めたし、湊にも名前で呼んで欲しいなーって。勿論湊が嫌がるだろうしクラスでは今まで通り苗字呼びでいいからさ」
「……まぁそれくらいなら」
「じゃあ早速呼んでみてよ」
「あぁ分かった。い……」
そこまで言って言葉が詰まる。
演技する時のアドリブはスラスラ出てくるのに、女子の名前を呼ぶのはこんなに難しいと思わなかった。
「い……い……いろ…………彩葉」
「えー全然聞こえないんだけど?もっと大きな声で言ってよ」
「い、彩葉」
「はーいよくできました」
俺が勇気を振り絞ってなんとか名前を呼んだら、彩葉はニヤニヤしながらわざとらしく褒めてくる。
……こいつ俺で遊んでやがったな。
「じゃあ俺はもう帰るからまた明日な」
俺はそう彩葉に告げて立ち上がり帰路に着こうとした瞬間いきなり後ろから柔らかい感触を感じた。
彩葉が唐突に抱きついてきたのだ。
「ありがとね湊。これは不良から助けてくれた事とあたしの話を聞いてくれた事に対するお礼」
七瀬はそれだけ言ってから俺から離れて「じゃあね!また明日!」と元気よく手を振ってから去っていった。
俺はしばし呆然としたまま、女子の体ってあんなに柔らかいんだなという初めての感触に少しだけ顔を赤くしながら帰路に着くのであった。




