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第11話 七瀬彩葉⑤

 演目が決まった次の日の放課後から早速文化祭の準備が始まった。


 小道具係、大道具係、衣装係、音響、照明の人たちはそれぞれ教室や廊下に集まりながら他クラスの人の邪魔にならない程度で活動を始めている。


 そしてあたしたち役を与えられた人間は他の係の人たちの邪魔にならないよう教室の黒板近くで読み合わせを行う。


 ちなみにシンデレラの脚本は昨日のうちに学級委員の真田さんが用意してくれたようだ。


 あたしは脚本を見てセリフ合わせを行いながら頭の中で完璧に覚えようとする。


 あたしは普段のモデル活動もある為、あまり放課後の練習に参加できる事も少ない。


 だからこそ参加できる時は全力で取り組みたいのだ。


 その日はただ読み合わせを行うだけで終了した。


 あたしは皆に期待されている。その期待に応えなければならない。


 あたしは空いてる時間を使って1秒でも早く台詞を覚えようとした。


 文化祭だからって一切手を抜く気はなかった。


 そしてそんなこんなで2週間がすぎ10月中盤になると、役者の人たちは大体台詞は完璧になっていて身振り手振りで演技をするようになった。


 小道具や大道具、それに衣装も少しずつ完成してきていて完成した物から演技の練習に貸してもらうようになった。


 あたし達は今皆一丸となって1つの事に取り組んでいる。そんな実感を得ていてクラス中は自然と笑顔で満ち溢れていた。


 そして10月最終日になった。


 文化祭の前日である。


 あたし達は体育館で最後のリハーサルを終えて、担任の先生から激励をもらっていた。


「あー俺は基本文化祭について何の手伝いもしてやれなかったが、お前達がいつも放課後に遅くまで残って準備していた事は知っている。明日はただ楽しむ事を意識しろ。文化祭は3日間、つまり3回ある。3回とも成功させようと思うのではなく、目の前の1回を意識しろ。お前達は俺にとって自慢の生徒達だ。明日は全力で楽しんでこい」


 基本的にいつも生徒に無関心な担任からの言葉だった為、皆一瞬惚けたような顔をする。しかし、一拍置いてから言葉の意味を理解すると皆示し合わせたわけでなく「「「「おおおおおおおお!!!!」」」」と拳を上に突き上げるのだった。


 そしてついに待ちに待った文化祭1日目がやってきた。


 午前中は各自自由に他クラスの出店を見て回り、演劇が始まる午後2時の15分前には体育館の舞台袖に集まる手筈となっている。


 あたしは午前中を友里と陽毬と一緒に見て回って楽しく時間を過ごした。


 そして遂にあたし達が演劇をやる時間がやってくる。


 午後2時の5分前である1時45分に集合場所へ向かうと既に他のクラスメイトたちは集まっており、あたしに衣装を渡してくる。


 演劇は2時間ごとに行われる為舞台袖にはあたし達のクラスしかいない。


 メイクは朝にしてあるので、あとは衣装を着れば準備完成だ。


 あたしは衣装を受け取ってから、すぐさま体育館の舞台袖の端にあるカーテンで遮られた簡易更衣室みたいな場所で着替えを済ませてから姿を現す。


 他の舞台に立つ人たちもみんな衣装に着替えており、あとは演劇の時を待つだけとなった。


 こっそり舞台袖から観客席を見ると結構な人数が入っている事に気づき少し驚いてしまった。


 あたしが心を落ち着かせながら時間を待っていると、遂に演劇を行う時間となった。


『午後2時からの公演は2年4組の生徒たちによる『シンデレラ』です。それでは2年4組の皆さん、お願いします』


 司会を務めている文化祭実行委員会の子の紹介が終わると一瞬暗転する。


 それと同時にあたしは舞台に上がる。


 舞台上での準備が整うと同時に照明が点く。


 最初は学級委員の大谷くんのナレーションから始まり、それに合わせてあたしと継母役や義姉妹役の子達は演技をする。


 うん、あたしやれてる。


 あたしは心の中で少しだけ安堵してから演技を続ける。


 そして場面は王城へと移り変わる。


 シンデレラと王子のダンスのシーンだ。


 あたしは友里とステップを踏みながら音楽に合わせて踊る。


 最初は友里の足を踏んだりと迷惑かけたけどこれも上手くいっている。


 そう安心しきった瞬間だった。


 突如暗転したのだ。


 ここで暗転するような指示はなかったはずだ。


 つまり照明側に何か問題があったわけだ。


 後になって冷静に考えればそんなに焦る場面でもなかったはずだけどこの時のあたしは凄く焦っていた。


 演劇が失敗したらどうしよう、今観客はなんて思ってるだろう、そんなマイナスな感情ばかりが押し寄せてくる。


 舞台裏を見てもクラスメイト達がパニックになっているのが伝わってくる。


 観客も今頃首を傾げている事だろう。


 暗転していたのは数分程度だったと思うが、体感的には凄く長い時間暗転していたように感じた。


 そして演劇の続きをしようと口を開いた瞬間に気づいてしまった。


 台詞が出てこないという事に。


 あんだけ練習したはずなのに、何も思い出すことができない。


 照明が点いたのに一言も喋ろうとしないあたしを見て皆が疑問を浮かべている。


 あたしはとりあえず何かを喋らなければという思いから咄嗟にアドリブを考え、口を開いた。


 王子役の友里は深刻そうにあたしを見つめてからその意図を察してくれてあたしのアドリブに合わせてくれた。


 そのあとはなんて喋ったか覚えてない。


 とりあえず舞台を早く終わらせたいがために到底演技と言えるものではなかった事は確かだ。


 そして最後に役者紹介が終わって舞台は終了した。


 舞台袖へと向かうと皆悲痛な面持ちであたしの事を見ていた。


 皆に期待されていながらあたしが舞台を台無しにした。


 元はと言えば照明のアクシデントが原因かもしれない。


 でも当日にアクシデントが起きる事は想定内だったはずだ。


 半分近くの人は一言も喋らずに舞台袖から出ていった。


「君が気にする事ではないよ」


「まぁまだ初日だしあんまり思い詰めないでね」


 学級委員の大谷くんと真田さんはそう優しく声をかけてからこの場を去って行った。


 クラスの女の子達も「今日は仕方がなかったよ!!」「また明日がんばろ!!」「嫌な事はすぐ忘れよ!!」などと励ましてくれた。


 みんなあたしの事を責める事はしなかったけど、あたしは自分で自分が許せなかった。


 みんなで作り上げた物をあたしが壊したんだ。


 その罪悪感で心が締め付けられそうになる。


 もう既に公演終了から20分くらい経っていて、舞台袖にはあたしと友里と陽毬の3人しかいない。


 長い沈黙が3人の間を支配するが、最初に静寂を破ったのは友里だった。


「別にあんたが自分を責める事ないっしょ。皆言ってたけどさ、また明日頑張ればいいじゃん?」


「そうだよ、彩葉!切り替えてこ!まぁ今日の失敗を生かして明日から完璧に演技すればいいだけだし!」


 2人とも励ましてくれてるのが分かる。


 ただこの時の自己嫌悪に陥っているあたしには響かなかった。


 例え友里や陽毬がシンデレラだったら、あんな些細なアクシデントで取り乱す事はなかっただろう。


 だからこの時のあたしは心に余裕がなく、2人に当たってしまったのだ。


「うっさい!あたしの気も知らないで!あたしがシンデレラをやる事になったのだって元はと言えばあんたらのせいでしょ!!」


 そこまで言った瞬間にふと気づいて顔を上げる。


「あ、ごめ……言い過ぎた……」


 2人が今まで見た事ないような悲しい表情をしていたのだ。


 あたしは即座に謝ってからその場を逃げるように後にする。


 2人はこの後レインにて『気にしてないよ』と入れてくれていたけど、あたしが気にしないわけにはいかず、文化祭の途中で学校を抜け出して家に帰った。


 そしてこの失敗がトラウマになり2日目、3日目も成功とはほど遠い結果となってしまった。


 初日ほど大きなミスはしなかったが、失敗を恐れたあまり一つ一つの動きが固くなってしまったり、台詞にも感情があまり入らなかったりと散々な結果になった。


 あたし達の文化祭はこういう最悪な形で幕を締める事になった。


 友里や陽毬には3日目の夜のクラスの打ち上げにも誘われていたが、あたしには参加する資格がないと言って自分から断った。


 文化祭が終わって最初の授業日には皆普通に挨拶してくれたけど、こっそり盗み聞いた話だとあたしを気にしてなのかもう二度と文化祭の話を掘り起こす事がタブーとなっているようだった。


 あたしはクラスメイトの皆には少し申し訳なく思ったが、でもどこかあの文化祭の出来事を思い出さなくて済むと安心している自分がいた。


 そうしてあたしはこれを機にもう二度と演劇の舞台に立つ事をやめたのだった。

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