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元天才子役だった俺は平穏な高校生活を謳歌したい  作者: 86
第2章

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第114話 尾行

 彩葉の怒りを沈める為に始まったデート。


 俺たちは高校を後にしてからすぐ近くのカフェテリアへとやって来ていた。


 と言うのも彩葉が気に入らなかったのは、昼間に俺と愛花があーんをしていた事らしいので、彩葉も同じ事をして欲しいと頼んできたのだ。


 俺としてもまぁそれくらいの願いなら聞いてやるか、と安請け合いをしたものの彩葉は最近人気上昇中の人気モデルだ。


 カフェテリアに入店してからスキャンダルとして取り上げられないか心配で俺の心臓がドクドクと脈を打っている。


 実際カフェに入店した直後、早速女性店員さんに「嘘、七瀬彩葉!?本物!?」と驚かれていた。


 そしてその視線が隣に立っていた俺へと移り変わり、俺と彩葉を交互に見ながら俺たちの関係を訝しむ。


 まぁ今の俺の容姿はダサい眼鏡にボサボサの髪の毛で正直とても人気モデルと釣り合っている容姿とは言えないので彼氏だとは思われていないようだが、それでも女性のモデルが男と店にやってきたら変な関係を疑われてしまうというのも仕方がないものだ。


 女性店員は俺たちと言うより俺に向けてチラチラと視線を動かしながらもしっかりと2人がけの席へと案内をしてくれる。


 席に座った俺たちはまず飲み物と軽いスイーツを席まで案内してくれた女性店員に注文する。


 女性店員はちゃんと俺たちの注文を承ってくれたようで端末に注文内容を入力してから一礼だけしてキッチンの方へと姿を消していく。


 そんな女性店員の後ろ姿から目の前にいる彩葉へと視線を移動させると彩葉は何やら嬉しそうにニコニコと笑みを浮かべている。


「……そんなに笑顔を浮かべてどうしたんだ?」


 俺はただ彩葉が何故そんなに嬉しそうなのか分からずそれが気になって声をかけてみたが、彩葉は理由を教えてくれようとはせずただ微笑んでいるだけだ。


 疑問が解消されない時のこのモヤモヤはどうすればいいんだろうか。


 俺はもう彩葉に聞く事を諦めてはぁ、とため息を吐いてから窓の外を眺める。


 すると思いっきり知っている人間と目が合う。


 それも1人や2人どころではなく結構な大所帯だ。


 俺と視線がぶつかった事に気づいたその人はすぐに近くの草むらへと飛び込んで隠れたがもう遅い。


 なんであの人たちがこんなところにいるんだ、と思いながら俺は一旦見なかった事にして彩葉の方に向き直る。


 彩葉は全く外の様子に気がついていないのか相も変わらずニコニコと笑顔を浮かべている。


 外にいたのは映画研究部の部員たち6名に顧問である二宮先生を合わせた計7名だった。


 俺たちはまだこの店に入店して席に着いたばかりなので時間的に考えると完全に後をつけて来たのだろう。


 偶然とかの言い訳がしようのないほど早すぎる再開だ。


 草むらに隠れているがグラサンで変装したつもりなのかばっちりと顔だけ出している聖先輩、友里、陽毬の3人。


 そしてその近くのベンチに腰をかけているのはグラサンをかけた状態で新聞を広げている二宮先生。


 さらにその奥には電柱の後ろにグラサンをかけたままこちらに視線を向けている男子3人組の姿が見える。


 先生も含めて言いたいが、グラサンをかけただけで変装した気になるのはどうかと思う。


 思いっきりバレバレである。


 俺が流石に外の様子を気にしすぎていたのに気づいたのか彩葉は「どうしたの?」と顔を横に傾けてくる。


 それに対して俺は視線を横にスライドさせたまま「あーいや、何でもない」と誤魔化す事にする。


 彩葉は「……ふーん」とジト目を向けて来て、絶対に何か隠していると思われているが、俺は薄笑いしかできない。


 とりあえず映研のメンバーが尾行していたなんて事を彩葉に知られるとまたもや彩葉が怒る原因になると思われるので俺は映研のメンバーの事は何とかして隠し通す事にした。


 そんなこんなで映研のメンバーの存在を彩葉に悟られる事なく時間を過ごしていると注文していたケーキとドリンクがテーブルに届く。


 彩葉が頼んだものはアイスカフェラテとショートケーキで、俺が頼んだものはアイスココアとチョコレートケーキだ。


 彩葉は何やらスマホを取り出して撮影を始めているが、正直俺は写真なんか撮る意味が分からないので気にせず先に食べ始める事にする。


 「いただきます」と手を合わせてからフォークを手に取りそれをケーキに向けて刺そうとした瞬間、彩葉に「待って」とストップをかけられてしまう。


 「どうしたんだ?彩葉」


 俺は何故彩葉に止められたのか理解できず聞き返すが、彩葉は口では説明せず動作でフォークを指差してから自分の口元を指差す。


 最初は意味が分からなかったその動作だが数秒してそれがあーんをしろって意味なのだと気づく。


 つまりこれは昼間愛花に向けてやった事を自分にもやれという事なのだろう。


 彩葉相手には以前もやったはずだがそれとこれとは別問題のようだ。


 俺は仕方なく自分のケーキを小さく切り分けてから彩葉の口元へと運ぶ。


「はい、あーん」


「あーん」


 彩葉は嬉しそうにそれを頬張る。


 こんなのの何がいいか分からないが彩葉が嬉しそうなのでよしとしよう。


 外から俺たちの様子を盗み見ている不審者たちは何やらキャーキャー騒いでいるが気にしないようにしておこう。


 次は交代して彩葉が俺の口元にショートケーキを運んでくる。


 滑らかなクリームが口いっぱいに広がりこれだけで幸せを感じる。


 口の中にあったショートケーキを飲み込んでから一口アイスココアを飲むと今度は彩葉が自分のドリンクを差し出して来た。


 今度こそ本当に意味が分からず、頭に疑問を浮かべていると彩葉が懇切丁寧に教えてくれる。


「……ドリンク交換しよ?」


 それの一体どういう意味があるのか。


 俺は彩葉に言われるがままにドリンクを差し出すと彩葉はそれのストローに口をつけて一口だけ口の中に流し込む。


 そこで俺は彩葉のやりたかった事にようやく気づいた。


 彩葉が今口をつけたあのストローは先に俺が口をつけたもので、彩葉は間接キスというものをしたかったのだろう。


 しかしそれはちょっと一線を超えている気がする。


 俺と彩葉は今は恋人でも何でもない関係だ。


 そんな2人の男女が恋人のように振る舞うのはおかしなものではないだろうか。


 俺は彩葉が渡して来たドリンク、アイスカフェラテのストローに口をつける事なく返すと一言だけ彩葉に注意をしておく。


「彩葉、あまり男を揶揄うなよ」


 その一言だけで彩葉には伝わるだろう。


 少しだけ彩葉は不満そうに口元をムッとさせたが、間接キス自体は俺に強要させるつもりはなかったのか、「……分かった」とだけ答えた。


 これでとりあえず昼間の件も含めて彩葉の機嫌が直ったか?と思って横を振り向くと窓ガラスに顔をくっつけながらめちゃくちゃ俺の事を睨んでいる様子の不審者……友里と陽毬がいた。


 流石にその状態で彩葉にバレないはずもなく、俺の目の前にいる彩葉は友里と陽毬の存在に気づいてこめかみをピクピクさせながら怒りを露わにするのだった。


 彩葉の機嫌が直りかけていたのに実に台無しである。

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