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第103話 凡才

 これから撮影する予定のドラマ『それでも君に恋をする』の監督である真島幹夫(ましまみきお)監督がこの会場の中心へと歩いていき、よく通る声を発する。


「あーもうすでに顔合わせは済んでいると思うから、さっさとドラマの撮影を始めるが、俺の基準を満たさない演技をするような役者がいたら容赦なく降板させるからな」


 真島監督の第一印象は50半ばのイカついおじさんという感じだった。


 暗い目をしており一応全員を見回して話してはいるが、その目からはあたし達への興味が全く伺えない。


 おそらく役者自体に興味がないのだろう。


 自分の納得してくれる演技をしてくれれば知名度関係なく起用するという実力で判断するタイプの監督だ。


 まだこの場にいる他の役者に比べて知名度が低いと言わざるを得ないあたしとしては実力で判断してくれるのはありがたいが、他の有名な役者たちからしたら不満そうな目が監督に向けられている。


 監督はおそらく気づいているだろうが、そんな視線はいつもの事なのか全て無視して最初から1つだけ置かれていた椅子にどかっと腰をかける。


「それじゃあさっさと撮影始めてくぞ。おい凪!準備しろ!」


「はい」


 真島監督が後ろを振り返って凪さんの事を怒鳴りつける。


 凪さんはそれに対して全く嫌そうな顔をせず、爽やかな表情をしながらカメラの前に立つ。


 まず最初は凪さん1人の撮影からこの物語はスタートする。


 監督がカメラの準備が整ったのを確認すると「アクション!」と大きい声を発して凪さんに目を向ける。


 凪さんは監督の声を聞いた途端、雰囲気がガラリと変わり完全に役へとのめり込んでいた。


 あたしはその演技を見てこれが芸能界のトップレベルの演技なのだと驚かされた。


 まさしく次元が違う、そんな感じの演技だった。


 湊には悪いが、正直凪さんの演技は湊をも超えていると思う。


 あたしは最初のシーンの撮影が撮り終わるまで凪さんの演技に目を奪われるように魅入っていた。


 撮影が終わり周りを見渡すと麗華ちゃんを除いた周りの役者さんたちも彼の演技に見入っているようだった。


 あたしは一旦凪さんから視線を外し同じ高校生である麗華ちゃんの方に目をやると彼女はあたしの視線に気づいたのか目が合ってこちらに歩み寄ってくる。


「初めまして、だよね?」


 あたしは唐突に麗華ちゃんに声をかけられ、少し緊張しながら言葉を発する。


「は、はい。初めまして。そのいつもテレビで見てます。あ、あたしの名前は七瀬彩葉です!その、一応スタプロに所属しているモデルです!」


「うん、知ってる。なんせ私はいつも一緒に演技する予定の役者さん達には一通り目は通して覚えるからね」


 流石日本トップの女優である。


 あたしは自分より遥か高みにいる彼女の事を同じ人間とは思えないくらいキラキラ光って見える。


「さっきの様子を見るに凪くんの演技に驚いてた?」


 麗華ちゃんは唐突にあたしにそう質問を投げかけてきてあたしは戸惑いつつもなんとか答える。


「あ、はい。なんていうか凄い、ですね。その、こう言うのもなんですが、自分が場違いのような思えてきました……」


「ふーん?場違い、ね。私にもそういう感覚あるから分かるよ。まぁ昔だけどね」


「え、麗華ちゃ……白石さんにもそういう感覚あるんですか?」


 あたしはいつも通り思わず親しみやすい名前で呼ぼうとしたため慌てて取り繕うように苗字にさんをつけて呼び直したが、麗華ちゃんはそれを見てふふっと笑ってから「ちゃん付けで呼んでくれていいよ。テレビとかではそう呼ばれてるし」とあたしの親しみを込めた呼び方に嫌な顔一つせず言ってくれた。


 あたしはその麗華ちゃんの眩しい笑顔に頬を赤らめながら彼女の言葉に耳を傾ける。


「それで自分が場違いのように感じる感覚の話しだったよね?」


「はい、麗華ちゃんにもそういう感覚あるんですか?」


 あたしは麗華ちゃんに再度同じ質問を投げかけると彼女はコクッと頷いてから口を開いた。


「うん、と言ってももう5年以上も前の事だけどね。私は子役時代から才能があって少し自分の才能に自惚れてたんだ。だけど小学生低学年の頃にある男の子に出会って彼の才能を目の当たりにした。そして私は気づいたんだ。私はまだ凡才だった。彼のような人を天才と呼ぶんだって。凪くんには悪いけど彼の才能を目の当たりにした私からしたら凪くんの才能もまだ凡才の域を出ないと言わざるを得ないね」


 あたしは麗華ちゃんの言葉を信じられないという目を向ける。


 なんせそんな才能の持ち主がこの世にいるとは思わなかったからだ。


 そのあたしの様子を見て麗華ちゃんはふふっと笑うと「あ、監督」と声に出した。


 あたしは麗華ちゃんの視線の先を追うとなんと監督が仏頂面のままこちらに歩み寄ってきていた。


「なんだ麗華、またあいつの話してたのか」


「ふふ、まあね。監督も彼の事好きだったでしょ?」


「……当たり前だ。あいつほど俺の求めてる演技をしてくれるヤツはいなかったよ。あいつは文句のつけようがないほど完璧だった。ホント惜しいヤツを無くしたよ」


 あたしはその言葉に反応して聞いていいのかを迷いながらも思った事を言葉に出す。


「えっと、その、無くしたって……」


 あたしの問いに麗華ちゃんは一瞬「ん?」と頭を傾げたが、嫌な顔をせずに笑いながら答えてくれた。


「あぁ、死んだって意味じゃないよ。多分どこかでピンピンしてるんじゃない?……ただ芸能界からいなくなっちゃったってだけで」


「あ、そうなんですか……」


 あたしはそれに対してどう反応していいか迷いながら言葉を発すると、真島監督が「ん?」と顔を顰めっ面にしながらあたしの後方へと目を向ける。


 そこには麗華ちゃんが近づいてきたあたりであたしの背後へと何故か隠れたLunaちゃんがいた。


 その時は何故Lunaちゃんが隠れたのかよく分からなかったがすぐにその理由は判明する。


「お前……確か星宮家の長女じゃないか?昔はこんなに小さかったのに大きくなったなぁ……」


 真島監督はそう言って手で自分の腰より低い位置で昔のLunaちゃんのおそらくの身長を示しているがあたしは話についていけない。


 ていうか2人は知り合いだったんだ。


 Lunaちゃんの方は右手で人差し指を立てそれを口の前に持ってきて「しー!しー!」と監督に向かって静かにするよう指示している。


 Lunaちゃんは湊の妹だということを隠してモデルをやっているため他の役者さんたちが多いこの場で星宮家という単語を出してほしくないのだろう。


 それを受けた監督は「わりぃ」と片手を顔の前に立てて平謝りしてからあたしの方を向き改めて言葉を発する。


「あーさっき麗華が言ってた凄いヤツってのはお前も聞いた事あるんじゃないか?名前は星宮湊って言う。本物の化け物だ。そんでそいつはその湊の妹だ」


 あたしはそこで一旦思考停止する。


 麗華ちゃんの言ってた凄い人は凪さんや麗華ちゃんみたいな凄い才能の持ち主でさえ凡才にしてしまう天才で、それが湊?


 その事が本当だとするなら湊は普段からあまり本気を出していない事になる。


 だって湊の演技は毎回凄いと思うけど、さっき凪さんに感じたほどではないからだ。


 あたしはまた湊に問い詰めなきゃならない事ができたな、と思い2人の方に目を向けてから言葉を発する。


「えっと、その……すごく言いにくいんですけど、実はあたし、湊と同じ学校に通ってて、なんなら部活も一緒です」


「「…………」」


 今度は2人があたしの方を見ながら固まる。


 そして一呼吸置いた後声を大にして驚きを露わにする。


「「えええええええええええ!!??」」


 2人の声に反応した他の役者さんたちがこちらに視線を向け2人はわざとらしい咳払いをしてから麗華ちゃんがあたしの耳元に口を寄せて呟く。


「……あとでしっかり聞かせてもらうから」


 そう囁いてあたしがコクッと頷くのを見届けてから麗華ちゃんはカメラの方へと向かっていく。


 流石に真島監督もこれ以上撮影を止めている事はできないのか、何も言わずに先程まで座っていた椅子へと戻りさっきの少しだけ見せた優しい顔はもうそこにはなくただの鬼監督へと戻っていた。


 そして程なくして撮影が再開される。


 今度は主役である凪さんとヒロインである麗華ちゃんの絡みだが2人の演技の上手さが際立って見える。


 その後も順調に撮影は進んでいき、あたしの撮影も無事に終える事ができた。


 数回リテイクしてしまったが、あまり多すぎる事はなかったので少し安堵した事は内緒である。

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