第9話 七瀬彩葉③
俺と七瀬はとりあえず場所を公園に移動した。
俺は七瀬を公園のベンチに座らせてから近くにある自販機で缶コーヒーを2つ買い、1つを「ほらよ」と言いながら七瀬に投げて寄越す。
七瀬はそれを危なっかしく受け取ってから缶の蓋を開けてひと口だけ喉に含む。
俺はその様子を確認してから自分の缶コーヒーも開けて喉に流し込む。
そして七瀬の隣に並ぶように腰を下ろす。
「ホットで良かったか?」
「うん、別にあたしはホットも飲めるしね。ただできればアイスの方が嬉しいかも」
「分かった、覚えておく」
そしてまた静寂がこの公園を包む。
俺はなんか話題振った方がいいのだろうか、と悶々と悩んでいたらすぐに七瀬から話題を振ってくれた。
「星宮って喧嘩強いんだね」
「いや喧嘩なんてした事ないけどな」
「え?でもさっきあんなに強そうに振る舞ってたじゃん」
「そんなの演技に決まってるだろ。実際殴り合いの喧嘩になってたら速攻負けてただろうな」
「……その割には全く怯えとか見えなかったけど?」
「……まぁそれはあいつらが俺に怯えて逃げる事は9割型予想してたしな。それに何より俺は自分の演技に絶対的な自信を持っている。演技を見抜かれる事など想像していない」
俺がそう七瀬の問いに答えると、七瀬は一瞬だけ目を見開いてからすぐに俯き顔を伏せた。
「……凄いね星宮は。もしかして学校での姿も演技だったりする?」
今度は少し怯えが混じったような表情で俺を見上げてくる。
その姿と学校でのイケイケなギャルが同一人物だとは到底思えなかった。
それくらい今の七瀬は弱っているように見える。
「あぁ、コミュニケーションがそんなに得意ではない事は事実だが、俺が陰キャを演じているのは事実だ。目立ちたくないからな」
俺は一切七瀬の方向を見ずに答える。
「なんで?普通人間って目立ちたいものなんじゃないの?皆に注目されたい、皆の中心にいたい、そういう承認欲求があるものなんじゃないの?」
これは七瀬がモデルだから言える言葉でもある。
モデルという職業に就いてる人たちは一般人より多少承認欲求が強い人の集まりなのかもしれない。
誰かより目立ちたい。
自分は他とは違って特別なんだ。
こういう思いを抱いている人がモデルには多い事だろう。
そしてそんな人たちに囲まれてきた七瀬にとっては努力してでも目立ちたいのだろう。
だからこそ目立ちたくないと思う世間一般的に陰キャと言われる人種を理解する事ができない。
七瀬は今俺という未知の生物を相手に困惑しているのだ。
俺は缶コーヒーをひと口喉流し込んでから再び口を開く。
「承認欲求なんて人それぞれなんじゃないか?少なくとも今の俺にそんな物はないな。そんな事より七瀬こそ今のままでいいのか?演技から逃げている今のままで」
最初はいきなり何の話?という感じに目を細めていたがすぐに内容に気づくと七瀬はまた目を伏せる。
おそらく七瀬彩葉には演技に関する事でトラウマがある。
元々部活始まった初日には気づいていた。
ただ放っといても大丈夫だろう、と勝手に楽観視していたのは事実だった。
しかしこの1週間七瀬は全く姿を表す様子がなかったので俺は卑怯だとも思いながら今向かい合ってるこの場で聞き出す。
俺の質問に対して七瀬は口を噤んだままダンマリを決め込んでいるので俺は追い討ちをかける事にする。
これは七瀬の成長のために必要な措置だ。
七瀬彩葉という宝石にも勝る才能を今こんな所で失うわけにはいかない。
「最初に部活があった日の事を覚えているか?授業初日でもあったな。あの日、七瀬は終始俺たちの事に興味示さなかった。それなのにお前は演技に参加しないとは言わなかった。グレーテル役は嫌だが脇役の魔女兼継母役ならやるとも言ってたな。演劇からは逃げる癖に演劇自体を拒否しないというのには矛盾になるんじゃないか?七瀬はどう思っている?」
俺は今自分の声が凄く冷たくなっている事を感じている。
ただ止まることはできない。
最初に七瀬を見た時からモデルだけじゃなく女優としても金の卵だという事を俺の本能が直感で教えてくれた。
だから俺は七瀬をこのまま放置するつもりはない。
七瀬はなんて答えるのか、というのを静かな時を過ごしながら待つ。
そして幾分か経ってから七瀬はポツリポツリと語り出した。
「……あたしだって元々演技する事は好きだった。だからさ、どうして演技したくなくなったのか聞いてくれる?」
おそらく1週間前に出会ったばかりの俺に話すにはとても勇気がいる内容なのだろう。
しかし俺は受け止める覚悟は持っているつもりだ。
そもそも七瀬の過去を引きずり出すためにここまで冷たい演技をしたと言っても過言ではない。
さぁお前の過去に何があったか話してみろ、七瀬彩葉。それを聞いた後で俺はお前を一流の女優として演技という物がなんなのかを指導してやる。
「あぁ、聞いてやる」
こうして俺は七瀬彩葉という少女の過去を知る事になるのだった。




