なりたかった
小日向 誠
私は、女の子になりたかった。
ずっと、ずっと、心の中だけで――女の子だった。
時代は変わってきた。
多様性を受け入れる空気も、少しずつ広がってきた。
「私は私らしく生きる」――そんな言葉が、流行りのように飛び交う時代になった。
けれど、変わったのは時代だけ。
私はどの時代に生きても変わらない。
勇気がなかった。
自信もなかった。
何より、家族にも、友人にも、
「そんな顔」を見せるのが怖かった。
だから私は、“男”として生きることを選んだ。
いや――選んだって言うには、流されていきた気がする。
だけど。
それでも。
心の中では、ずっと、女の子だった。
本当は、かわいい服が着たかった。
高い声で、笑いたかった。
誰かに「かわいいね」って、言われたかった。
男の人と付き合いたかった。
高校生活も、今学期で終わる。
そして今日、私は18歳になった。
制服のネクタイを締め直して、家路を歩く。
そのときだった。
視界が、ふわりと色づいた。
桃色の髪。ツインテール。フリルの服。
まるでアニメの中から出てきたような、可愛らしい女の子。
見惚れてしまうほど、完璧だった。
ああ――私も、あんなふうに、生きたかった。
その瞬間だった。
目の前が、血に染まった。
何が起きたのか、すぐにはわからなかった。
けれど、ナイフが、何度も、何度も――私の身体を突き刺していた。
女は無言だった。
まるで作業のように、感情のない顔で、淡々と。
「………………ぁ?」
力が抜け、倒れ込む。
視界が揺れる。
女の子――いや、刺していた女が、うっすらとつぶやいた。
「ざまぁみろ!!!!
え……あれ.....ちがう、あんた……じゃない……彼氏……じゃない……クソがっ!!!!!!!」
どうやら、誰かと間違われたらしい。
――女の子になりたかっただけの私。
なれなかっただけの私。
なんで殺されないといけないんだよ。
理不尽すぎて、笑えてきた。
痛い。苦しい。けど――
何より、悲しかった。
私は、私の人生を、ちゃんと生きられなかった。
望んだ姿になれず。
望んだ声も持てず。
望んだ恋も、できなかった。
そして――こんな形で終わるのか。
だけど、それでも。
心の底では、まだ――願ってしまった。
「もう一度、生きたい」
「次こそは、女の子として」
私は、血まみれのまま、
どこまでも暗闇へ、落ちていった。
ゆっくりかいていきます。数年単位で。