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第七話 王太子殿下の側近事情(ディオンside)(1)

「エリアス!! 見てくれ! あの有名舞台女優の著名サイン入り姿絵が手に入ったんだ!! 日が昇る前から劇場に並んだ甲斐があったよ!!」


 ある小昼のこと、王太子の執務室にてディオンはそう声を上げた。

 王家の居住区画にほど近いこの場所は城内の喧騒から距離を取ることで平らかな空間が保証されている分、一日を通して森閑としている区域でもある。


 つまり確実に扉を閉じようとも、先のディオンのたぎり声は確実に廊下まで響き渡っているのだ。それが分かっているからといって、この沸き立つ興奮は抑えられそうにない。


 現にディオンは手のひらほどの大きさの戦利品をこれ見よがしに掲げて、主人の反応を待っている。机に向かって書類を捌いていたエリアスが手を止めたのは、そんなディオンの期待を察してのことだろう。


 顔を上げたことで顕になった灰簾石の双眸が、婀娜めいた笑みを湛える乙女の姿絵を捉えた。


「よかったな」


 たっぷりと間を使った割にはなんとも簡素な返事である。


 この日のために実務を綿密に調整してなんとか午前休を取得し、ようやく手にした逸品だ。喜びもひとしおなこの瞬間を、ディオンはぜひ主従手を取り合って味わいたかったのだが——

 

 いや、それよりもはるかに大切なことがまだ一つ残っていた。


「いやぁ、今回は運が試されるものだったよ。まず姿絵を購入するには、二つの骰子サイコロの目を揃えなくちゃいけない。さらに、揃えた目と同じ番号の姿絵がどの役者のものか当てる必要があるんだ。姿絵には幕がかかっているうえ、無作為に並べられているから予想も立て難い。だけど、こんな一級品を逃すわけにはいかないだろう? だから私は何度も並び直して、最後の最後でようやく当てたんだ!! 目の前の客が骰子の目を揃えた時には肝が冷えたが、諦めなくて本当によかった……!」


 ここまで一息かつ早口である。


 目標達成までの長く険しい道のり、これを説明せずしてこの感動は伝わらないだろう。ディオンは空いているほうの手でグッと拳を作り、「くぅ〜」っと声を漏らして喜びを噛み締める。


「そうか。よかったな」


 エリアスからまたしてもな返事を食らっても、ディオンは満足気に「うん、うん」と深く頷くだけだ。傍から見ればディオンは神経が太い性質たちなのだと思われるだろうが、これはそういう話ではない。


 その証拠に——


「今回はいくら費やしたんだ」


 ほら、言葉数が少ないだけでちゃんと話を聞いてくれている。それが分かるほどには、二人の付き合いは十分に長い。


「私の給金の一ヶ月分ほどを……」

「無意味に恥じらうな」


 こうして容赦なく切り捨てられることもままあるが、許容範囲内である。


 そもそも同志でもないのに律儀に手を止めて臣下のお布施報告を聞いてくれる王太子など、世界中どこを探しても他にいないだろう。たとえ公務に忙殺されていようとそれは変わらないのだから、エリアスの懐の深さは底知れない。


「『冷静沈着で才気ある王太子殿下の優秀な側近』だったか」


 ふっと僅かに口元を緩めたエリアスは、王宮内で囁かれるディオンの通り名を口にした。いたずらめいた目つきからして、誂いの意図が含まれているのは明らかだ。


 だが残念ながら、そんなお粗末な揺さぶりが通用する側近ではないのである。


「いいんだよ、まだ就労時間前なんだから」

「俺はなにも言っていない」

「その名を出した時点で全て言ったも同然だ。分かってる、ちゃんと自覚してるよ。裏の顔がその名にあまりにも不釣り合いなことは。だけど、仕方がないじゃないか。誰だってずっと望んでいたものが手に入れば興奮ぐらいする。それに、それを許したのはエリアスだろう」

「盛大に判断を誤ったな」

「うおぉぉいっ?!」


 端正な真顔から発せられる冗談は、時に真実に思えてしまうので心臓に悪い。特に私事に関しては少々厄介な自覚があるだけに、そちらを突かれると少なからず焦りを覚えるのだ。


 それでもこうして砕けた態度を許してくれるエリアスの優しさに、ディオンは救われた。


 出会った頃、内気な性格のせいか訥弁とつべん気味だったディオンに対して、『畏まった態度はいらない。好きに話すといい』と自身を練習相手にするよう提案してくれたのだ。


 お陰で今となっては、名誉ある通り名を授けられるまでに成長したのだが——それが裏では自身の嗜好を雄弁に語る、いささか熱狂的な舞台愛好者に仕上がってしまった。


 これに関しては、申し訳ないと思わないこともない。


(とはいえ、少しはしゃぎすぎてしまったな。目当ての記念品を手に入れたというのもあるが、寝不足もあって昂る気持ちを上手く制御できていなかった)


 襟を正して本題に入る。ここからのディオンはあくまでも側近だ。


「それにしても今日も()()ですね、飼育係ご令嬢は」

「……ああ」


 六日前からメルクの飼育係として——すなわち王太子の婚約者候補として——、新たな令嬢が王宮を訪れている。


 今回で五人目になるが、飼育係に付いている侍者からの報告を除いてこれほど動きがないのは初めてだ。だが初日に飼育係と対面したディオンとしては、この現状に疑いを挟まずにはいられない。


 レステーヌ伯爵家の息女ベアトリス・レステーヌ——彼女はなぜか魔女の仮装をしてこの王宮へやって来たのだ。


 事の発端は半年ほど前、メルクの飼育係が腰痛で続投不可能になったことだった——





『エリアス、お前の望みを聞き入れよう。ただし、せっかくの良い機会だ。メルクにお前の婚約者を選んでもらおうではないか』


 いかにも重々しい声が身体の芯までをも震わせる。気韻ある壁画に描かれた神の使者から、絶えず監視されている気分だ。


『正気ですか、父上』


 怖めず臆せずそう言い放ったのは、視線の先に立つディオンの主人であった。自分より三年遅く生まれたはずなのに、その背中はいつも凛々しく誇り高い。


『正気だとも』


 厚い二重瞼から覗く紅玉の瞳がぎょろりと余所へ向いては、緩慢な動きで再び息子の元へと戻って来る。その独特な間の取り方に身を震わせた官僚たちを、ディオンは何度も目の当たりにしてきた。


 アルディエン王国の君主は一見するとおっかないのだ。


『画期的な提案であろう。自身の伴侶と愛玩動物との相性は重要だ。お前ならばそう考えると思ったのだがな』

『まずは私との相性を確かめるべきでしょう』


 顎髭に触れながら鷹揚と語られる国王の持論に、エリアスは抑揚のない声で正論をぶつけた。

 

 王妃である母親似のエリアスと比べて彫の深い顔立ちをしているためか、国王は常に雄々しさに溢れている。それでいてなお気高さを失わないのは、その太陽のように輝く金髪のお陰であろう。

 

(陛下の破天荒ぶりは今に始まったことではないが、まさかここまで型破りなご提案をなさるとは……)


 先の国王の発言を『提案』と表するのは、些か語弊があるかもしれないが。


 ディオンは国王からエリアスへ目の焦点を絞った。


(さて、殿下はどうなさるのか……)


 この国の君主に前言撤回や翻意の概念はない。それはエリアスが一番よく分かっているはずだ。だからきっと反発する気力すら湧いていないだろう。


 とはいえ、いささか強引な話に二つ返事で同意するほど、ディオンの主人は聞き分けが良くないのである。


『断る、という選択肢はないのでしょう』

『分かっているではないか』


 父親の返答を受けてエリアスはため息を吐いた。間違いなく、わざわざ国王に聞こえるように。

 ところがそんな息子を返り討ちにするかのように、国王はエリアスの品行方正すぎる素行を俎上そじょうに載せたのだ。


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