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第二十六話 徒花の結実(2)

※第二十五話からまとめて投稿しておりますので、読み飛ばしにご注意ください。

 彼女はなにを言っているのだろうか。


 叔父が不正を働いていたことすら初耳だったオリヴィアが、そこに関わっているなどありえないことだ。しかし、彼女の主張をただ否定したところで、そこに説得力を持たせるだけの証拠などオリヴィアは当然持ち合わせていない。


(なにか、言わなくちゃ……)


 ぐるぐると必死に頭を働かせている中、その身を貫く鋭い視線にオリヴィアは一瞬身を震わす。見ると、エリアスや国王から隠れるようにして、叔母がものすごい形相でこちらを睨んでいるではないか。恐らく、援護射撃を要求しているのだろう。


「オリヴィア嬢」

「は、はい……」


 名を呼ばれ、エリアスと視線が絡む。


「夫人の言っていることは真か」

「…………」


 オリヴィアは押し黙った。


 ここで叔母に逆らえば、屋敷へ戻ってからの運命は決まったも同然だ。オリヴィアだけならまだしも、使用人だっていよいよ無事ではいられないかもしれない。


 しかも叔父の顔を見て思い出したのだが、屋敷から勝手に出てはいけないという言い付けも破ってしまっている。


(どうすれば……)


 俯くオリヴィアはもの悲しげだ。


(ここで叔母様に従えば、少しは平和な未来が残っているのかしら……)


 だって、痛いのはもう嫌だ。


 辛いのは暴力を受けている間だけじゃない。痛みが尾を引いて眠れない夜だって何度も経験したし、そういう時に限って、両親の最期の姿や目の前で燃えていくミオのことを思い出してしまう。


(だめね……屋敷を出て優しい世界に触れてしまったことで、弱くなってしまったんだわ……)


 形はどうであれエリアスやメルクとの再会は、オリヴィアに脆くなった自己をはっきりと自覚させた。彼らのそばに在ることで得られる心の安らぎは決して一時の気の迷いなどではなかったと、身に沁みてしまったのだ。


 これから先も、叔父たちに屈するつもりは毛頭ない。

 それでも、できることなら辛いことなど経験したくないと思うのは、おかしいことだろうか。


 だってもう今の自分では、あの苦痛に耐えられないかもしれない——


 オリヴィアは両手を胸の前で固く握り締め、震える唇をこじ開ける。そして、掠れる声に肯定の言葉を乗せようとした、その時——


「——……?」


 不意の感触に、オリヴィアは恐る恐る足元を見遣る。


 そこではメルクがオリヴィアの足にスリスリと頬を擦り寄せていて、その愛くるしい姿に思わずオリヴィアはふっと口元を緩ませた。


(私を元気付けようと……してくれているのかしら)


 触れたところから伝わるぬくもりが、オリヴィアの身体をじわじわと溶かしていく。


(そうよね、これほど心強い味方がいるのなら——)


 一週間かけてじっくりと築き上げたメルクとの信頼関係が、オリヴィアの背中をぐっと押す。


 燦然さんぜんたる若葉の瞳が、しっかりとエリアスを捉えた。


 今から言うことは十中八九、叔母の不興を買うだろう。それでも、このままでは永遠に辛いままだと、今のオリヴィアならそう思える。

 オリヴィアの心持ちが変わったというのなら、それはきっと大切な存在の守り方も改新すべき時なのだ。


 まずは、その一歩を——


 オリヴィアは震えの止まった唇を潔く開いた。


「いいえ、叔母様の言葉は全て偽りです。お恥ずかしながら私はここに来るまで、叔父様たちが不正を働いていることすら知りませんでした。彼女こそ、私に罪を擦り付けようとしている張本人です」


 室内に響き渡った声は溌剌としていて、まるで春を迎えて強まる陽光に躊躇いなく手を伸ばす新緑のようだ。


 ——これほど心強い味方がいるのなら、一度くらい抗ってみてもいいのかもしれない。


 長らく忘れていた清々しさが、オリヴィアの心をじんわりと満たしていく。心の奥底に居座り続けていたどす黒い激情が、少しずつ、けれども確実に萎びていくのが分かる。


 強い意志を宿したその面差しは、オリヴィアが過去に叔父たちへ向けたどれとも違っていて、守りに徹していては決して抱けない揺るぎない自信が現れていた。


「——……!」


 刹那、その表情が驚きに変わる。


 大きく見開かれた若葉色の瞳には、はっきりと口の端を持ち上げるエリアスが映っている。さらには、まるで「よく言った」と言わんばかりの、満ち足りた顔つきを見せたではないか。


 ()()()オリヴィアへと向けられた表情に、胸がきゅっと小さく跳ねるように脈を打つ。


 しかしながら、そんな貴重な時間はわなわなと苛立ちを募らせていた叔母の叫喚によって、一瞬のうちに消え失せてしまうのであった。


「お前ぇぇぇぇぇ!!」


 久しぶりに目の当たりにした叔母の形相は、さすがにオリヴィアをぎょっとさせた。


 娘に遺伝したであろう金切声を張り上げながら、悍ましい表情を浮かべてカッカッと踵を鳴らし、オリヴィアへ向かってくる。


 だが、その時——


「もうやめてちょうだい!!!」


 さらに甲高い声が広間に響き渡った。


 広間がしんと静まり返る中、見るとベアトリスが顔を真っ赤にして純白のドレスを握り締めている。


「みんなして、どれだけ私の邪魔をすれば気が済むの?! 今日は私と殿下の婚約話を進める日なのよ?! それがなに?! 領地だの不正だのと関係のない話ばかりして……! いい加減にしてちょうだい!!!!」


 これまで度を越えて静かであった彼女は、その反動なのか不平不満を一気に捲し立てた。血走った目を吊り上げて、はぁはぁと肩で大きく息をするその姿は、大して珍しくもない普段通りの彼女だ。


 オリヴィアはともかくとして国王やエリアス、さらには黒装束の人たちまでもが想定内といった様子であることに、オリヴィアは首を傾げる。


 そんな中、娘の唐突な行動にすっかり面食らった叔父叔母は狼狽えていた。

 屋敷で見せる居丈高な態度はどこへやら、「ベアトリス?!」「どうしたの?!」とその場しのぎの言葉を口にしている。


「お前も煩いのよ!!」


 しかし、ここで彼女が怒りの矛先を向けたのはメルクだった。


 オリヴィアの足元で唸っているのが、ベアトリスの気に触ったのだろう。

 これまでずっとオリヴィアの隣で利口に座っていたものの、叔母が動き出したあたりから警戒心を見せ始め、ベアトリスが叫んだ時点で彼らを害悪認定してしまったのだ。


「私には一切近づこうとしないくせに、そいつには尻尾なんて振っちゃって。……ああ、そうね。どうせお前は頭の悪いただの動物に過ぎないんだもの。下等生物同士、お仲間ってことかしら」


 さすがにこれは黙っていられない。言葉を話さなくとも攻撃的な感情を向けられていることは、メルクにも伝わっているはずだ。


「お待ちくださ——……」


 オリヴィアが反論の声を上げた、その時——


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