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第二十五話 徒花の結実(1)

「レステーヌ伯爵夫妻ならびにベアトリス・レステーヌ嬢について、法科院での審議を申し立てる」


 広間に鮮明に響いたエリアスの声は、その場にしばしの静寂をもたらした。


 国王と黒装束の人たちはこれと言った反応も見せず、続くエリアスの言葉を泰然と待っている。片やオリヴィアは狐につままれた感覚が拭えぬまま、視線を彷徨わせるばかりだ。


(な、なに……? 法科院での審議って、叔父様たちを訴えるってことよね? どうしてエリアス殿下がそんなことを……)


 しかし、当惑しているのはオリヴィアだけではない。


「で、殿下、お待ちください! 一体なんの話で……」

「そうですわ! 大体、今日私たちをここへ招いたのは、殿下と娘の婚約話を進めるためではありませんの?!」


 周章狼狽する叔父と叔母が口々に異を唱える。


 だが「静粛に」という国王の一声が、そんな彼らの口をいとも容易く封じてしまった。穏やかな口調でありながら、それでいて従うべき相手が誰なのかを一瞬にして弁えさせたのだ。


「エリアス、まずはそなたの主張を聞かせてもらおう」

「はい。まず初めに、レステーヌ伯爵家に関する調査内容をご報告します。手始めに領民への聞き込みを行ったところ、これまで推し進めていた灌漑事業や新たな農耕機の積極的導入といった施策が、当主の代替わりを期に一切進まなくなったそうです。また、老朽化した橋や被災地域の復興も手付かずとなっているようでした。地方行政局の役人曰く、市政に充てる予算が大幅に削減され、火急の事態に回す資金の捻出もままならない状況とのことで、前出の事案に対しては手が回らないそうです」


 地方行政局というのは、国家の方針に基づいて最適な政策を行うために領地ごとに設けられた、中央政府に従属する機関のことだ。


 しかしながら、その実情は定義とはかけ離れたものであると聞いたことがある。


 なんでも中央から派遣される役人は、往々にしてその土地を治める領主の言いなりになってしまうらしい。そして、都市部から離れれば離れるほどその傾向は強くなるようで、領地によっては役人が国に上げる報告書まで監視される有り様だ。


 領民の力が強いところでは、彼らから爪弾きにされることもあるという。領土という閉鎖的な空間に留まる人々は、そこに新しい風が吹くことを拒むのだとか。


 つまり役人たちは官吏という地位にありながら、その地の変化をもろに受ける立場であり、領主の代替わりなどその最たるものなのである。


「そ、それは他の緊急事態を優先したことによる一時的な対応の遅れでして、そちらが解決すれば……」


 叔父がその顔にはっきりと焦りを滲ませながら、もっともらしい言辞を弄する。


 弱々しい口調とはいえ、叔父の主張はエリアスの耳にも届いているはずだ。ところがエリアスは、さも取り合う価値もないというように言葉を続ける。


「領民からは当主の代替わり後、税の取り立てが増えたとの声が上がっています。とはいえ行政局の帳簿にはそういった記録は残っていませんでしたので、真偽の程は不明ですが」

「そうでしょうとも! 領民は私を陥れようと、根も葉もない主張をしているだけなのです。役人も含めて、奴らは領主である私の意見を一切聞こうとしません。やれ橋の修繕を急げだの、やれ農耕機導入のための補助金を工面しろだのと……大した税も納めずに権利ばかり主張する奴らに、私がどれだけ悩まされたことか……! 口で言うだけならば簡単でしょうが、規模が大きければ大きいほど慎重な対応が求められる。奴らには私の苦労など分からんのです」

「レステーヌ卿の主張も一理ある。目先の利益に囚われることなく優先性を的確に見極めることは、上に立つ者として持って然るべき視点であろう」


 国王の言葉から自身に対する諾意を見出したのか、叔父が安堵したように顔色を変えた。さらに王太子を凌駕する後ろ盾に勢いづいた叔父は、あろうことかその語調に蔑みを滲ませたではないか。


「調査と言っても、学のない卑しい者どもの声など信じてはいかんのですよ、殿下。ああ、決してあなたが不勉強だと言いたいわけではない。見たところ、あなたはまだお若い。情報の信憑性を正しく見極めるには、それなりの経験値が——」

「レステーヌ卿」


 辺りを払う一声に、叔父がびくりと身を震わせた。


 国王のそれよりも軽やかさを多分に含んだ声には、しかしながら相手を制する意図がはっきりと滲んでいる。

 青紫色の双眸には一筋の光も宿しておらず、まるで月の出ていない夜の海を前にした時のような畏怖の念を抱かずにはいられない。

 

 父親によってお膳立てされた場の空気を、今度はエリアス自身が意のままに引き締めてみせたのだ。それがオリヴィアにもはっきりと伝わってきた。


(この方は、やっぱり……)


 メルクの前とも自身の前とも異なる一面を垣間見て、オリヴィアは強く実感した。生き物への慈愛に満ちた儚く美しい青年は、この国を正しく導くべく存在する紛う方なき王太子殿下なのだということを。


「そなたは雇い人を領内各地へ送り、役人を騙って領民から税を騙し取っているな」

「——……っ?!」


 エリアスから余所へ視線を逃がす叔父に、つい今し方までの喋喋しさは見当たらない。


 叔母もエリアスの言わんとしていることを察したのか、ばつが悪そうに俯いて両手をぎゅっと握り合わせている。


「言ったはずだ。領民から『()()()()()()()()()()』という証言があったと。『橋の修繕のため、別途費用が必要になった』などと言って、国の規定する徴収分とは別に領民に追加で税を払わせていた。疑われないよう、雇われ人を送る村を都度変えて」

「そ、それは……」


 叔父はやっとのことで口を開くも、上手く躱せるだけの言い回しが見つからないようだ。脂汗の滲んだ顔はたちまち青ざめていき、恰幅の良い体は背中が丸まっていて一回り小さく見える。


 そんな叔父を、オリヴィアはどこか他人事のような面持ちで眺めていた。


 初めて耳にする実状ばかりで理解が追いついていないのだ。と同時に、使用人を通して聞いていた領民の不満はほんの上面でしかなかったのだと知り、自身の不甲斐なさに苛まれる。


(お父様とお母様が大切にしていたものを……私は……)


 固く握り締めた両の拳が小さく震える。


「さらにそなたは嘘を真実にするために、追加徴収する理由を自らでっち上げた。実際に災害が起きた場合はそれを理由にすることができるが、そういったものは散発的だ。図書館を始めとした公共施設の建物で時折り発生していた破損被害は、レステーヌ卿の雇われ人による人為的なものだ。違うか?」

「エリアス、それは真か」


 国王の問いにエリアスは一つ首肯した。


「ここで情報源を明かすことは差し控えますが、確かな筋からの提供です」

「そうか。レステーヌ卿」

「は、はい……」


 叔父の声は覇気がなく、その顔はもはや完全に血の気が失せている。


 約五年、同じ屋根の下で暮らしたオリヴィアですら、こんな叔父の姿は見たことがない。それほどに今の叔父は小さく、なんとも非力な存在に見えた。


「我が国ではその昔、国の発展に大きく貢献した貴族に褒賞として所領での完全自治を認め、基本的に国もそれに干渉しないこととした。これは行政の担う範囲を細分化することで、より的確に民の声を掬い上げることができると考えたからだ。自治を許された諸侯はそう多くないが、レステーヌ伯爵家は代々、長らくその権利を手にしている由緒正しい家門のはずだ」

「しょ、承知しております……」

「だが、現当主の統治手法に不審な点が見受けられるというのなら、自治権及び爵位の継続可否も審議せねばなるまい」

「………………」

「お、お待ちください、陛下っ!」


 生気を失った叔父に代わって、思わぬところで声を上げたのは叔母だ。

 視認できるほどの全身の震えを必死に堪えた彼女は、突然オリヴィアを指差してこう主張したのである。


「し、主人は確かに税を追加で徴収しておりましたが、それは全てあの娘が言い出したことなのです。じ、じじ、自分の親の遺した領地を余所者に渡すわけにはいかないと、主人を悪人に仕立て上げようとしたのでしょう。主人も最初は断っていたのですがあの娘が頑なに譲ろうとせず、し、従わなければ我々の娘に危害を加えるとまで言い出して……、主人は仕方なくあの娘の指示に従ったのです」


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