ソウルリンク ~魔神と聖女~
こんにちは、生贄です。
数日前、双子の妹と一緒に魔神の宮殿へ捧げられました。
なんでも我が国において双子の存在は大変珍しいらしく、その点が国王陛下の目に留まったのだとか。
そしてその双子は到着早々に丸飲みにされて食べられました。
どうして私だけが残されたのかというと、魔神いわく双子とは魂と感覚を共有しているのだそうで、片方が怪我をすればもう片方も同じ場所に怪我をする、片方が辛い思いをすればもう片方も涙がこぼれる……といった不思議な現象が起こるようなのです。要はひとり残された私の反応を観察して楽しもうと考えた訳ですね。
それで、魂の片割れを食べられてしまった私が現在どんな感覚に包まれているのかというと。
うんこです。
紛うことなきうんこです。うんこ以外の何物でもありません。
そりゃあ食べられて消化されてあとは出すだけとなったら感じる事は「うんこ」に決まっています。
というか魔神でもうんこってするんですね。初めて知りました。
一応言っておくと、妹は飲み込まれた直後に死んでいます。
ひどい喪失感に襲われましたから、それは分かります。双子は魂と感覚を共有しているという話は本当だったようです。
ただ問題だったのは、食べられて死んでハイおしまいとはならず、妹の体と魂が魔神のお腹の中に留まっていた事です。
となれば当然それらは時間の経過に伴い下へ下へと流されていく訳で、最終的に行き着く先はうんこです。
うんこのある場所で囚われている魂と共有できる感覚は何か、と聞かれたら「うんこです」としか答えようがないです。
ですので、にやにやしながら様子を見に来た魔神に私はそう伝えました。
魔神の返答は、
「えっ」
でした。
それはそうでしょう。魂を引き裂かれる苦痛云々を期待して顔を出したら出てきた言葉がうんこなのですから。
でも事実なので仕方ありません。私は繰り返しました。うんこです、と。
「何故そうなったのだ」
魔神は当然の質問をしてきました。
何故と尋ねられても、食べた物がうんこになる場所に魂があるからとしか答えようがありません。
お腹の中に快適なお屋敷があるとか、あるいは魔神はうんこをしない、といった存在であれば話は違ってきたのでしょうが。
「うんこ以外の共有感覚はないのか? 例えばこう、もっと」
「喪失感などもあるにはあるのですが、いかんせんうんこが強烈すぎて塗り潰されています」
「……そうか……」
魔神は困惑しきっています。私もです。
話を聞くに、双子を食べたのは今回が初めてだったようです。こんな事になるとは思わなかった、と。私もです。
「ですので、妹の魂の位置がもっとずれてくれたら他の感覚を共有できそうです」
「それは出来ぬ。我は喰らった者らの魂を内に留め置く事で力に変えているのだ」
「あ、そうなのですか……」
「そもそも魂の排泄の仕方が分からぬ」
「うんこは排泄できるのに」
「魂とうんこを一緒くたにするな」
「すみません。私が言いたかったのは、排泄してしまえば少なくともうんこからの脱却は果たせるのではないかという事なのです。つまり魂をずらすのではなくうんこをずらす方へと方針をシフトするのです」
「それで本当に変わるのか?」
「うんこです、から内臓です、くらいの変化は遂げるかと」
「あんまり変わらんなあ……」
「そうかもしれません」
「それはそうと気付きたくない事に気付いたのだが、という事は今現在我の内に囚われている無数の魂らも、感じているのは全員うんこ一色だという事になるのか?」
「状況から推測すると、そうなってしまうのではないでしょうか」
「…………そうか…………」
魔神の沈黙は先程より深いものでした。
「お前の愉しみ方としては、ふた通り考えていた。魂の片割れを失い、悲嘆に暮れる姿を眺めて愉しむか。あるいは喰らうか。だが、こうなってしまってはどちらも虚しいものよ……」
それはそうでしょう。
どちらを選んでも行き着く先がうんこなのですから。
魔神が何歳なのかは知りませんが、おそらく何百年分の積み重ねがうんこの一言に集約されたのです。それは嫌にもなります。
魔神としてはもっとこう、苦痛や怨嗟や絶望といった単語を期待していたのでしょう。間違ってもうんこではなく。
しばらく腕組みをして考え込んでいた魔神は、やがて私にこう言ってきました。
「我は……暫し眠りにつこうと思う」
「眠りが傷を癒やしてくれるのを待つのですね。あるいは全ての囚われの魂たちが、いつかあなたの中から消える日を待つか」
「察しが良いな。お前とはもっと違う形で巡り会いたかった」
「私もです」
「眠る前に、お前を元の国まで送り届けてやろう。もう生贄は必要ないとも伝えてやる。我からの手土産だ」
「ありがとうございます」
「それと……妹の事はすまなかった」
「それは本当にそうです」
こうして魔神は自発的に封じられ、長きに渡って歴史上の諸国を悩ませてきた脅威にも終止符が打たれました。
結果的に生贄問題を終わらせた形になった私は聖女として認定され、王宮暮らしになると共に国の歴史に名が残る事が決まりました。
真相については魔神がいい感じに誤魔化してくれたおかげで、うんこの聖女と呼ばれる羽目にはならなくて済みそうです。
ついでに「今……魔神が眠りについたようです」とそれっぽく伝えて聖女感を増しておきました。
嘘はついていません。寝た途端にうんこ感が消えましたので。