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7.秘中の手土産

「号外! 号外!」

「一部頂戴。」


 客で賑わう新聞屋に貨幣を渡し、素早く新聞を受け取る。


「号外! 殿下の婚約者様が決まったぞぉ!」

「えぇ⁉ どなたになったの?」

「めでたい話じゃないか!」


 町はお祭り騒ぎだ。


 ヴィリディステラ王国の第一王子が新しい婚約者を選んだ。町の人々は皆、それを喜んでいる。


 婚約者について書かれているという新聞を読んでみる。



==================


その方は、ソリス王子にダンスを誘われた。


ほんのり赤みがかった、金色に輝く髪は美しく揺れて、まるで天使が舞い降りたようだった。


白くきめ細かい肌に映える真っ赤な唇に、皆が羨望の眼差しを向けていた。


==================



「好き勝手言いやがって。」


 ウェントス・ヒエムは新聞をぎゅっと握りしめた。


 ウェントスは、メイフォンス侯アヴィス・ヒエムの弟にして、ソリス王太子の婚約者──とされているルエナ・ヒエムの双子の兄である。


(あ、やべっ。)


 新聞はルエナの為に買ったのだった。くしゃくしゃにして持って帰ったら、ルエナが悲しむだろう。


 新聞の皺を伸ばしながら汽車に乗り込んだ。


 舞踏会の後、ウェントスは用事で城を出ていた。今日はルエナについて書かれた新聞を土産にして、妹の元に帰る日だ。


 その一週間のうちに、何故か新聞の中ではルエナがソリス王子の婚約者に決定した事になっていた。


 舞踏会に関する内容は嘘では無い。が、婚約者はまだ誰にも決まっていない。新聞会社が売り上げを伸ばす為の詭弁だろう。


(アヴィスの奴も、荒れてないと良いけど。)


 背もたれに体重をかけ、腕を組んで目を閉じる。


 フォンティス城までの道のりは長い。騒動を思い出して、眠るくらいの時間はあるだろう。



***



 久々に家に帰ると、ルエナがアヴィスの執務室にいた。


 ちょっかいをかけてやるつもりで部屋を覗き込むと、「客が来る。しばらく部屋から出ないようにしなさい。」という兄の声が聞こえてきた。


 いつもの事だ。ルエナを余程よその男共に見られたくないらしく、狭く、寂しい部屋に閉じ込めるのだ。ただでさえ城から一歩も出さず、不自由な思いをさせていると言うのに。


(さてさて、今回はどんな了見で妹を幽閉するつもりかね。)


 ウェントスはわざとふざけた態度で執務室に入って行った。


『何の話?』


 ウェントスの質問に、アヴィスは来客がある事までは教えてくれた。だが、いつ、どのような人物が来るのかは、この場では口を割らなかった。


 強引に話を終わらせた所を見ると、ルエナに聞かせたくないのだろう。


(はいはい、僕は察しの良い弟だからね。合わせてやるよ。)


 ルエナの気を逸らす為、後でゆっくり感謝の言葉と引き換えに渡そうと思っていた新聞をルエナに与えた。


 「ついにこの時が来たのよ!」なんて、珍しく人前で興奮していたが、その理由も後で聞く事にする。


 何故か嬉しそうに自室に向かうルエナを見送り、ウェントスはそっと執務室に戻った。


『で、誰が来るのか教えてくれるんでしょうね?』


 ウェントスが尋ねると、アヴィスは子供みたいに拗ねた顔を上げた。


『双子だからか?』


 アヴィスが独り言のように呟く。ウェントスは思わず「はい?」と聞き返してしまった。


 聞かなくても粗方予想はついている。


 ルエナと仲が良いウェントスに嫉妬しているのだ。大方、ルエナがウェントスを「ウェンス」と呼び、ウェントスとじゃれる声を耳にしたのだろう。


(もっと離れれば良かった。)


 ルエナはアヴィスに叱られる事を恐れて。ウェントスはアヴィスに嫉妬される事を恐れて。各々理由は違えど、アヴィスの前で双子の距離感を見せてはならないと自戒している。


 それが甘かったようだ。


『王太子殿下の婚約者探しをするのだそうだ。』


 気付けば、アヴィスはいつもの真顔に戻っている。愛しのルエナと話をする時でさえ、この顔だから、ルエナに怖がられるのだ。


 アヴィスは机の手紙を手に取った。王家の紋章が描かれた封蝋を見えるようにウェントスに見せる。


『ルエナを舞踏会に参加させるわけにはいかない。明日、プクラトディニス公爵の前に出さず、体調が悪いと説明しよう。パーティー欠席の良い理由にもなる。ルエナには明日の事も、舞踏会の事も伝えない方が良いだろうな。』


 ヒエム家の象徴とも言える、ワインレッドの髪をさらりと撫でた。この人の癖だ。考え事をしている時は無意識に髪を触る癖がある。


 アヴィスはウェントスに語っているようで、独り言をしているに過ぎない。アヴィスはウェントスに期待をしていない。知恵や協力を求めているつもりはない。


(まあ、アヴィスが勝手に何とかするだろう。)


 ウェントスとしても、ルエナが王太子の婚約者になる事は避けたい。ルエナは才能溢れる優秀な貴女だが、あまり遠くに行かれても困る。


 だから、驚いた。


『愚妹は──』

『ここにおります。』


 アヴィスがルエナの体調不良を伝えようとした、まさにその時、ルエナがプクラトディニス公爵の前に現れた。


 アヴィスは確かに、ルエナに部屋にいるよう指示を出していたし、来客がルエナに用がある事を隠せていたはずだ。



***



(新聞で知ったんだろうな。)


 ウェントスは後になって理解した。兄に隠れて与えていた新聞がルエナに要らぬ情報を与えてしまった事を。


(この事がバレたら、アヴィスの奴怒るだろうなぁ。)


 ぞくっと寒気を感じた。


 今この手にある新聞も、ルエナに読ませてしまって良いものか、一度考えた方が良いのかもしれない。

ルエナ・ヒエム(19歳)

 メイフォンス侯アヴィス・ヒエムの妹。

 初登場  :1.籠城の花嫁

 前回登場話:6.壁の美しき花


アヴィス・ヒエム(24歳)

 メイフォンス侯爵。ルエナの兄。

 初登場  :1.籠城の花嫁

 前回登場話:6.壁の美しき花


ウェントス・ヒエム(19歳)

 メイフォンス侯アヴィス・ヒエムの弟。ルエナの双子の兄。

 初登場  :1.籠城の花嫁

 前回登場話:6.壁の美しき花


ソリス・ヴィリディステラ(19歳)

 ヴィリディステラ王国第一王子。

 初登場  :6.壁の美しき花

 前回登場話:6.壁の美しき花


フルーク・ナツラ(47歳)

 プクラトディニス公爵。

 初登場  :2.王家の使者

 前回登場話:4.舞踏の授業

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