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6.壁の美しき花

「メイフォンス侯アヴィス・ヒエム様、ウェントス・ヒエム様、ルエナ・ヒエム様のご入場です!」


 会場に響き渡るヒエム家の名前。


 入口に視線が集まる。


「あの籠城の花嫁が社交場に!?」

「お前はあれに勝たねばならんのだぞ。」

「本当に美しい方だったとは……。」


 ルエナ・ヒエムは令嬢にしては珍しく、嫁ぎ先探しに社交場に現れず、絵画すら描かせなかった。籠城の花嫁の姿を一目見たいと願う男達は少なくない。


 また、今宵王城には、我こそが王太子妃に相応しい、自分の娘を王太子妃にしたいと考える者が集まっている。籠城の花嫁が最大の敵であると考える父娘は少なくない。


 ルエナはこの舞踏会で最も注目されている貴女である。


 ルエナはアヴィスのエスコートで進みながら、自分が噂されているのを自覚する。


 三人の入場後も、続々と招待客が入って来た。そして最後に、王家が民のお辞儀に迎えられ入場した。


 主催者の国王と王妃、主役の王太子、他王子、王女という役者が揃うと、演奏が始まった。


 ファーストダンスはヴィリディステラ王国第一王子ソリス・ヴィリディステラと第一王女メル・クリス・ヴィリディステラによって行われた。


 皆、じりじりと王太子に近づきながら、二人の優雅なダンスを見守った。


 ついに一曲目が終わると、ソリスの一挙一動に令嬢達の意識が注がれる。


 誰が最初にダンスに誘われるのか。


「私と踊っていただけますか?」


 ソリスは令嬢の手を取り、上目遣いで誘う。


「はい、喜んでお受けいたします。」


 黒いグローブを着けた華奢な手が王太子に引かれ、会場の中央に移動する。


 その様子を見届けた後、既婚者や婚約者を持つ若者達がパートナーと共に集まり始めた。


 静かなイントロで二曲目が始まった。


 黒を基調とした上品なドレスが舞う。


 選ばれたのはフィール・フーパ、元婚約者の妹だった。


「王太子殿下は姉上を亡くされたばかりのスキエンティ公爵令嬢を気遣われているんだわ。」

「スキエンティ公爵を立てるとは、賢明なご判断ですね。」


 ソリスの選択を称賛する言葉が目立った。


 それに比例するように、フィールに対する批判の声も聞かれた。


「喪中に参加するなんて常識外れではなくて?」

「黒いドレスでは会場が暗くなってしまいますね。」


 喪に服している事を示すように黒を身に纏い、肌の露出も極力控えているが、それだけでは反感を抑え込む事は出来なかったようだ。


「メイフォンス侯爵、本日は妹君もご一緒ですか。」


 ルーベス侯爵令息アエス・メタッルがアヴィスに声をかけた。


 アエスはルエナに興味があるようで、アヴィスに話しかけながらも、彼女に釘付けになっている。


「ええ、ルーベス侯爵卿。お父上のお加減はいかがですか?」

「何とか持ち直しましたが、相変わらずですよ。」


 アエスが目で指した場所には、酒を片手にガハガハと下品に笑うルーベス侯爵の姿があった。


 アエスの父は酒癖が悪く、つい先日も飲み過ぎで体調を崩していた。


「それにしても、お美しい。このアエス・メタッルと一曲お付き合い願えないだろうか?」


 アヴィスは敢えて話をルーベス侯爵にずらしていたが、またルエナに戻ってしまった。


 アエスがルエナに近づこうとする。その間にアヴィスが入り、アエスから妹が見えないように隠した。


「愚妹は不調故、残念ですがお相手は出来かねます。」


 アヴィスはゆっくり言葉を選びながら、丁重に断った。


(断ってしまうの?)


 ルエナは健康そのもの。踊る準備だって出来ている。


 この舞踏会は王太子の婚約者探しが目的だが、令息達の嫁探しの場としての役割も持っている。ルエナにとっても、縁作りの大切な時間である。


 せっかくの誘いを断ってしまうなんて勿体無い。


「無理にとは言いますまい。いずれまた機会もありましょう。」


 アエスは嫌な顔をせず、納得してくれた。


 最後にルエナに挨拶をしたいと、アヴィスの許可を得た上でルエナに近づいた。


「美しき花、ルエナ・ヒエム嬢。またお会いできますよう。」


 アエスはルエナの左手を取って、その手の甲にキスをした。


「「なっ!」」

「ありがとうございます。わたくしもお会いできて光栄です。」


 アヴィスと、横で見ていたウェントスが動揺したが、ルエナは落ち着き払った態度で応えた。


 その後もルエナにダンスを申し込む令息は後を絶たなかった。長蛇の列が出来た。


 それを全てアヴィスが断った。


「妹は誰とも踊りません。」


 ルエナをダンスのパートナーにと考える者は多くいるというのに、ルエナは壁の花と化した。


(お兄様にはきっと考えがあるのだわ。)


 ヒエム家の人間に声をかけられるのは侯爵以上の爵位を持つ者に限られる。アヴィスと話せるというだけで家柄は保証されているのだが、それだけではルエナに相応しい相手というわけではないらしい。


「ウェンスは踊って来たら?」


 アヴィスが忙しく貴族達の対応をしている陰で、双子はひそひそと話していた。


「やだね。踊れない。」

「パブリックスクールで習ったでしょう?」

「さてね。」


 ウェントスに誘われたそうな娘がチラチラと視線を送っている。それも一人、二人ではない。


 当の本人にその気が無い以上どうしようも無い。


「あ、もう最後の曲だわ。」


 招待状によって、事前に曲目は知らされている。


 最後から二番目の曲が終わった。つまり、この舞踏会は一度も踊らないで終わりそうだという事。


 カツカツカツ。


 大理石を固い靴底が叩く音が二人の元に近づいてくる。


「えっ、ちょっ、ルエン……!」


 ウェントスがルエナの肘を突いて気づかせようとする。近寄って来ているのは王太子だと。


 ソリスがルエナに右手を差し出した。彼の吸い込まれるような碧眼が籠城の花嫁を捉える。


「ルエナ・ヒエム嬢、私と踊ってください。」


 瞬間、ざわっとどよめきが起こった。小さな悲鳴のようなものも聞こえる。


 王太子は、メイフォンス侯爵令妹ルエナ・ヒエムにラストダンスの申し込みを入れた。


 これ程喜ばしい事は無い。


「謹んでお受け致します。」


 ルエナは速くなる鼓動を落ち着かせながら、ソリスと手を重ねた。


 ソリスが群衆の中心にルエナを導く。


「はっ!」


 ルエナの右手首が誰かに掴まれた。後ろを確認すれば、アヴィスが悲しそうな顔でルエナを引き留めようとしていた。


(喜んでくれないの?)


 それは一瞬で、ソリスが不思議に思って右後ろを見た時には、ルエナの手は解放されていた。


 二人は改めて礼をし、体を近づけた。ソリスの右手がルエナの背中に添えられる。


 すかさず最後の演奏が始まる。


 ルエナの紫色のドレスがふわりと広がる。


 目立ちたがりの令嬢達が真っ赤なドレスを着ている中、彼女の淡く落ち着いたドレスはよく映えた。


 この夜、誰もが新たな婚約者の決定を確信した。

ルエナ・ヒエム(19歳)

 メイフォンス侯アヴィス・ヒエムの妹。

 初登場  :1.籠城の花嫁

 前回登場話:5.天王山の支度


アヴィス・ヒエム(24歳)

 メイフォンス侯爵。ルエナの兄。

 初登場  :1.籠城の花嫁

 前回登場話:5.天王山の支度


ウェントス・ヒエム(19歳)

 メイフォンス侯アヴィス・ヒエムの弟。ルエナの双子の兄。

 初登場  :1.籠城の花嫁

 前回登場話:5.天王山の支度


ソリス・ヴィリディステラ(19歳)

 ヴィリディステラ王国第一王子。

 初登場  :6.壁の美しき花

 前回登場話:ー


メル・クリス・ヴィリディステラ(16歳)

 ヴィリディステラ王国第一王女。ソリスの妹。

 初登場  :6.壁の美しき花

 前回登場話:ー


カルチェ・フーパ(享年17歳)

 スキエンティ公爵の長女。王太子の元婚約者。

 初登場  :2.王家の使者

 前回登場話:2.王家の使者


フィール・フーパ(16歳)

 スキエンティ公爵令嬢。カルチェの妹。

 初登場  :6.壁の美しき花

 前回登場話:ー


アエス・メタッル(17歳)

 ルーベス侯爵令息。

 初登場  :6.壁の美しき花

 前回登場話:ー

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