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5.天王山の支度

 お礼は言わなかった。自身で用意するよう命令を下さない限り、当主(アヴィス)がドレスを準備するのは当然の義務だから。


 アヴィス側も、ドレスを贈る以外の干渉はして来なかった。


 相変わらず二人には会話が無かった。


 ルエナはまず、使用人達にドレスの色に合うアクセサリーを用意させた。舞踏会まで残り少ない時間で、出来る限りの準備を進めなくてはならない。


 その一方で、ルエナは不安を抱えていた。


(わたしは本当にパーティに行くのかしら。)


 当日になっても、本当に支度を進めて良いものか悩んだものだ。


 湯浴みをし、念入りに髪を手入れした。あの紫のドレスにも袖を通した。最高の装飾品だって身に着けている。


「王太子殿下も、お嬢様の美しさに心を奪われる事でしょう。本日のルエナお嬢様はいつも通り、いえ、いつも以上に完璧です!」


 なんてアクイラは言ってくれたが、本当に王城行きの馬車に乗せてもらえるのか、ルエナには自信が無かった。


 心を落ち着ける為、フロンスからの手紙を読み直す事にした。彼はルエナが舞踏会に参加する事を疑ってもいないから。


 フロンスは王妃の生まれた家、プクラトディニス公爵家の人間だ。伯母のヘルバの事もよく知っている。


 そこで、手紙でヘルバの攻略法を尋ねてみた。


 が、公平を期す為に答えられないと返事があった。駄目元ではあったが、残念である。



==================


王子が君を選ばないなら、俺が君の家族になるよ。


君の愛するフロン兄様より


==================



 手紙の最後に書かれていた優しい言葉に、ルエナは静かに微笑んだ。


「恋文でも貰ったの?」


 出発の時を待つルエナの視界に、ウェントスのオレンジ色の頭がひょこっと現れた。


 かつてウェントスも、ルエナと同じストロベリーブロンドの髪を持っていた。


 それなりに顔も似ており、双子とすぐに理解されたが、今は難しい事だろう。


 ウェントスの髪は、成長と共に徐々にヒエム家の血統を感じる赤色が強く表れるようになった。


「ウェンス、どこに行っていたの?」

「ちょっと野暮用。」


 ウェントスは椅子に腰かけるルエナの背後に回り、後ろから抱き着く。


「せっかく髪もドレスも綺麗にしたんだから、崩さないようにしてよ。」


 ルエナはそう言いながらも、距離の近さについては言及しなかった。二人にとってこれが普通だからだ。


 念の為、ルエナはドアの方を見た。


 ウェントスが中に入ってからしっかり閉じたらしい。これならアヴィスに目撃される心配は無い。


「野暮用って何よ?」

「内緒って事。」


 近頃、ウェントスは家を空けることが多い。アヴィスにも外泊理由は説明していないようなのに、アヴィスはその事を気にもかけていない。


(お兄様はいつもそう。ウェンスに少し興味が無いのよね。)


 ウェントスがパブリックスクールに通っていた頃、長期休暇の度に多くの傷を作って帰って来た事を、ルエナはとても心配していた。


 一方、アヴィスはパブリックスクールにおける男同士のコミュニケーションなんてそんなものだと、気に留めていない様子だった。


「うーわっ、フロン(にい)の手紙なんか熱心に読んじゃってさ。心配事があるなら、この心優しき兄貴に話してごらんよ。」

「嫌よ。茶化すだけだもの。」

「信用無いなあ。」

「わたしがこっそりクッキーを食べた時、お父様に告げ口したでしょう? すっごく怒られたのよ?」

「僕も必死だったんだよ。ルエンが完璧過ぎて。」

「嫉妬?」

「違うね。」

「知ってた。」


 昔のウェントスの事なら手に取るように分かるのに、いつからか互いに隠し事が増えてしまった。


 それでも、心から気を許せる唯一の存在である事には変わりが無い。


「ウェンスもそろそろ支度しないと。」

「やだね。はい、新聞新聞。」


 ウェントスのズボンのポケットから新聞が飛び出した。ウェントスはルエナに新聞を与えておけば良いと思っている。


「貰うけど……。」


 新聞は受け取るが、それで許したつもりは無い。


「今日は大事な日だから、家族にも完璧でいてもらわないと駄目なのよ。」


 王太子の婚約者を見つける、重要な舞踏会。


 それには候補者のルエナだけでなく、アヴィス、ウェントスも招待されている。当然、親族の質も審査項目の一つだろう。


 ウェントスがルールの多い社交界を忌み嫌っている事も、正装が苦手な事も知っているが、協力を仰がざるを得ない。


 そんなルエナの意図を汲み取っているのにも拘わらず、ウェントスはヘラヘラと笑って誤魔化そうとする。


「ルエンは王妃に向いてないって。やめとけ、やめとけ。」

「そう言わないで。ウェンスだけはわたしの応援をして。」


 アヴィスもフロンスも、ルエナに応援の言葉も助言もくれない。せめて片割れからの背中を押す言葉だけでも、と願うのも必然的である。


 ルエナの必死な願いを聞くなり、ウェントスは急に態度を改めた。


 ルエナの正面に回って、膝をつく。そして、ルエナの緊張で冷たくなった手を握って言った。


「ルエンが望むなら。」

ルエナ・ヒエム(19歳)

 メイフォンス侯アヴィス・ヒエムの妹。

 初登場  :1.籠城の花嫁

 前回登場話:4.舞踏の授業


アヴィス・ヒエム(24歳)

 メイフォンス侯爵。ルエナの兄。

 初登場  :1.籠城の花嫁

 前回登場話:4.舞踏の授業


ウェントス・ヒエム(19歳)

 メイフォンス侯アヴィス・ヒエムの弟。ルエナの双子の兄。

 初登場  :1.籠城の花嫁

 前回登場話:2.王家の使者


フロンス・ナツラ(24歳)

 プクラトディニス公爵の長男。アヴィスの乳兄弟。

 初登場  :4.舞踏の授業

 前回登場話:4.舞踏の授業


ヘルバ・ヴィリディステラ(38歳)

 ヴィリディステラ王国の王妃。

 初登場  :3.王妃の試練

 前回登場話:4.舞踏の授業


アクイラ(22歳)

 ヒエム家の侍女。

 初登場  :4.舞踏の授業

 前回登場話:4.舞踏の授業

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