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4.舞踏の授業

 ルエナはしばし意見交流を楽しんだ。ヘルバのように話を聞いてくれる者はいなかった。また、意見を言ってくれる者もいなかった。


 楽しい時間はあっという間に終わる。


 ルエナは良い気分でフォンティス城に帰還した。


 真っすぐアヴィスの執務室に向かい、報告をした。


 一対一で王妃と話をした事、政治に関する話をした事も包み隠さず伝えた。アヴィスはそれらに驚きはしなかったが、少しだけ眉間に皺を寄せた。


「分かった。部屋に戻りなさい。」

「次のご指示はありませんか?」


 ドレスの準備や社交界の情報収集等、舞踏会までにやらなければならない事は山ほどある。


 ルエナはヒエム家の為にようやく働けるという事に浮足立っている。


 だが、アヴィスはルエナに何も求めなかった。


「無い。部屋にいなさい。」


 アヴィスの考えは二週間前の口論以来さらに読めなくなった。


 それから一週間、ルエナは決戦を目前に変化の無い日常を過ごした。女王の謁見から一週間経ち、舞踏会まで二週間を切ったが、ルエナは何も出来ずにいた。


 他の貴族達は舞踏会で着るドレスの準備を急いでいる事だろう。


 焦りが無いわけではない。でも、どうしようもないのだ。


 籠城の花嫁は、ついに椅子からも動かなくなってしまった。静かに刺繍を楽しむのみ。


 鬱屈とした空気を換えてくれたのは、フロンス・ナツラという男だ。


 彼はプクラトディニス公フルーク・ナツラの長男で、アヴィスの乳兄弟だ。血の繋がりは無いが、ルエナは兄と慕っている。


 ルエナの姿を知る鮮少な人物の一人である。


「やっ、ルエン。」

「プクラトディニス公爵卿、いらしていたのですね。」

「フロンで良いって。」


 ルエナは針を机に置いて、フロンスの来訪を歓迎する。


「君の兄はさっき出かけたよ。」


 アヴィスは仕事で城を出たらしい。このような時決まって行うのがダンスの練習だ。


「よろしくお願いいたします、フロンス卿。」

「……分かったよ、ルエナ嬢。」


 二人は手を取って向き合い、アクイラの歌に合わせてステップを踏み始めた。


 公爵の子息を踊りの練習相手にするなど、侯爵家の令嬢として有り得ない事だ。これはフロンスの厚意で成り立っている。


 あの日も、フロンスは軽快に現れた──



***



『あれ? 一人で何やってんの?』


 フロンスは、音楽も相手も無く、一人で踊るルエナを不思議に思った。花嫁修業の一環でダンスの練習をしているが、それにはいつも講師がついていた。


『ダンスの先生を解雇したとのことです。』


 ルエナのデビュタント直後、アヴィスはダンス講師を解職させた。アヴィスは理由を「教師として正しくない部分があるから」としていたが、ルエナには思い当たる点が無かった。


『代わりの先生がいついらっしゃるのかも、教えていただけていないのです。一人で行える事には限りがあるのですが……。』


 ルエナはフロンスに不安を打ち明けた。


 家族同然とはいえ、他の家の者に、特に公爵令息に話すべき内容ではなかった。口を滑らせてしまったのは、アヴィスが城にいないと分かっているからかもしれない。


 フロンスは数秒思案した後、ニコッと満面の笑みを見せた。


『俺がその新しい先生だから、アビーも言えなかったのさ。』

『フロンス卿が先生ですか?』

『良い先生が見つからないって困っててな。それなら俺が、と立候補したんだ。ところが、アビーがそれは出来ないって。』

『至極当然です。』

『体面に関する問題は俺も多少は理解している。だからこうして、アビーが知らない所でやるってわけ。』


 要するに、当主アヴィスが表立ってフロンスに依頼するのでは無く、当人達がこっそり授業する事で、両家の体裁を整えようという話だ。


『そういう事だから、アビーの前では話題にしてはいけないよ。』



***



 フロンスとの練習も始めてから一年が経とうとしている。


 社交界に引っ張りだこのフロンスは、流行りの音楽やステップについても理解している。フロンスは、ルエナのダンス講師として適任であったと言える。


「ルエン。」


 ルエナは声の主を見上げた。


 フロンスはフルーク(父親)とよく似た、切れ長の目をしている。その中には、ガラス玉のように透明感のある碧眼を持っている。


「アビーがルエンのドレスを準備しているようだよ。」


 フロンスの優しく甘い声がルエナの耳に囁く。


 ルエナの目が輝きだす。


「何色かご存知ですか?」

「詳しい事はお兄様に聞くと良い。」

「わたくしと話してくださるかしら。」

「ルエンとだったら喜んで話すだろう?」

「アヴィスお兄様はあまり口数が多い方ではありませんから。」

「どんなに狂暴な熊だって仲間とコミュニケーションをとるんだよ。」

「アヴィスお兄様はそこまで野蛮ではありませんわ。」


 ルエナがくすくすと可愛らしく笑うと、フロンスがぐいっとパートナーの体を引き寄せた。


「俺の事をフロン兄様と呼んでくれていた頃が懐かしいよ。」


 フロンスは一瞬だけ眉尻を下げたが、すぐに飄々とした態度に戻った。


「あまり長居すると公爵閣下(・・・・)に咎められる。今日のところはこれで。」


 最後にルエナをくるりとターンさせ、手の甲に口付けをすると、フロンスは満足げに帰っていった。


 翌日、ルエナの部屋には紫色のドレスが届けられた。アヴィスが、次の舞踏会の為に手配した物であった。

ルエナ・ヒエム(19歳)

 メイフォンス侯アヴィス・ヒエムの妹。

 初登場  :1.籠城の花嫁

 前回登場話:3.王妃の試練


アヴィス・ヒエム(24歳)

 メイフォンス侯爵。ルエナの兄。

 初登場  :1.籠城の花嫁

 前回登場話:3.王妃の試練


フロンス・ナツラ(24歳)

 プクラトディニス公爵の長男。アヴィスの乳兄弟。

 初登場  :4.舞踏の授業

 前回登場話:ー


フルーク・ナツラ(47歳)

 プクラトディニス公爵。

 初登場  :2.王家の使者

 前回登場話:2.王家の使者


ヘルバ・ヴィリディステラ(38歳)

 ヴィリディステラ王国の王妃。

 初登場  :3.王妃の試練

 前回登場話:3.王妃の試練


アクイラ(22歳)

 ヒエム家の侍女。

 初登場  :4.舞踏の授業

 前回登場話:ー

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