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3.王妃の試練

 プクラトディニス公爵の訪問から二週間。ルエナは王城にやって来た。


 デビュタント以来、外に出るのは初めてだ。一年に満たない程度の期間では景色に大きな変化は無かったが、許されざる事をしているような気分になった。


 王妃からの手紙はお茶会の招待だった。王妃直々の誘いを断る事が出来ず、こうして城を出て来たわけだ。


 あのアヴィスも熟考の末、ルエナの外出許可を出した。


「ルエナ・ヒエム嬢、ようこそいらっしゃいました。」


 お茶会の会場である、薔薇宮の庭(王妃の庭)に通されたルエナは驚いた。


 既に王妃はお茶を飲んで待っていると言うのに、他に招待客の姿が無いのだ。


「ご挨拶が遅れました事をお詫び申し上げます。王妃陛下、メイフォンス侯爵家のルエナ・ヒエムと申します。」

「そう畏まら無いで。さあ、お掛けになって。」


 ルエナは王妃ヘルバに促されるまま着席した。


「デビュタントボール以来かしら。しばらく見ないうちにますます磨きがかかっているようね。」

「身に余るお言葉です。王妃陛下の美しさにはどんな宝石も適いません。陛下はヴィリディステラ王国の月でございましょう。」

「そう。」


 ルエナもヘルバに賛辞を贈ったが、ヘルバはそれを重要とは思っていないようだった。おべっかは不要とでも言うように、紅茶を一口飲んだ。


 どうすれば気に入られる事が出来るのか、頭を悩ませつつ、それが態度に出ないよう、ルエナは平然と紅茶を口にした。


「美味しい。」


 思わず零れ出た感想に、ヘルバがほんの僅かに微笑んだ。ヘルバが言うには、王室御用達の店の中でも特に重宝している紅茶なのだそうだ。


 それから話題は紅茶が中心になった。


「重要なお客様に紅茶をご用意したいのだけれど、良い砂糖が手に入らないのです。」


 ヘルバが困り顔で言う。


 紅茶には砂糖が必要不可欠。確かに問題だろう。


(マルテア王国がお相手でしょうか。)


 敢えて紅茶を用意したい相手として考えられるのは、紅茶文化が根強いマルテア王国の可能性が高い。しかも、マルテア王国は貿易国家で、現状、我がヴィリディステラ王国にとって最も良好な関係を築きたい相手だ。


 だが、砂糖が市場に出回っていないという話は聞いていない。砂糖は希少だが、王族が手に入れられないはずが無い。


 要するに、砂糖の輸入相手となり得る国に他から仕入れた砂糖を用意出来ないと言う事だろう。


(それならば、心配なさらなくて良い気もするけれど。)


 紅茶に砂糖が必要不可欠なのは、ヴィリディステラ王国にとって、だ。マルテア王国は紅茶の香りに重きを置いており、砂糖を入れて飲む者の方が珍しい。とはいえ、ヴィリディステラ王国側が使用するだけだとしても、他国の砂糖を置いておくのは決まりが悪い。


(わたしなら……。)


 ルエナは王妃を見つめて言った。


「果物を入れてはいかがでしょう?」

「果物を?」

「果物の甘味があれば、砂糖を入れる必要はありません。果物固有の香りもきっと飲む者を楽しませてくれる事でしょう。さらに、透明なティーポットを使用すれば、見栄えも華やかになります。」

「面白そうだけれど、お客様は驚かれるのではなくて?」


 ヘルバはルエナの突飛な提案に興味を示すが、その有効性は信じていない様子。ティーカップを持ったまま苦言を呈した。


「マルテア王国にはお茶に花弁を浮かべて楽しむ風習があります。」

「花を?」

「はい。例えば薔薇や菊の花を。良質な茶葉が手に入らない時、花の香りで誤魔化していた過去がございます。果物を入れる事にも抵抗は無いでしょう。」


 さらに、果物はヴィリディステラ王国の特産品だ。フレーバーティーは、そのアピールに一役買ってくれる事だろう。


 ついに王妃がティーカップを離した。


 ルエナは確かな手応えを感じている。事実を交えた提案なのだから当然だ。


 渡航歴が間違いなく力を発揮している。文化を知るにはその土地に入るのが一番だ。


「マルテア王国と言った覚えはないのだけれど。」


 ヘルバはルエナの目を見つめている。まるで獲物を狙う猛禽類のように。


(間違えた! 出しゃばる女は疎まれるのよ。意見すべきでなかったわ。)


 体が熱くなるのが分かった。ルエナは素早く頭を下げた。


「過ぎた発言をお許しください。」

「何故マルテア王国の話だと考えたのか答えなさい。」

「近頃、マルテア王国との貿易交渉が行われていると耳にしておりました。また、お茶のもてなしで歓迎の意を伝えたいとのことでしたので、紅茶文化の強いマルテア王国がお相手ではないかと結論付けた次第です。」

「そう……。」


 ルエナは許しを請う姿勢を保ち、ヘルバの次の言葉を待った。


「政治に興味がおありなの?」

「些少の知識を持っているに過ぎません。政に参画するなど、恐れ多い事でございます。」

「王を支える妃はその限りでないでしょう。」


 ヘルバはルエナの頭を上げさせ、自身の前では能力を隠さなくて良いと寛大な心を見せた。


「では、どんな果実を紅茶に加えれば良いの?」

「柑橘類やベリー系は香りが強く、よく効果を発揮すると考えます。」

「良いわね。乾燥した果物でも同じ効果が得られるかしら。保存した林檎の活用方法として提案してみても良いかもしれませんね。」


 ヘルバはマルテア王国で生産の多い林檎にも関連付けて話を広げた。


(なんと知見の広いお方だろう。)


 ルエナはヘルバの知恵に感服した。この人こそ、王の隣に立つ者として相応しいのだろう。

ルエナ・ヒエム(19歳)

 メイフォンス侯アヴィス・ヒエムの妹。

 初登場  :1.籠城の花嫁

 前回登場話:2.王家の使者


アヴィス・ヒエム(24歳)

 メイフォンス侯爵。ルエナの兄。

 初登場  :1.籠城の花嫁

 前回登場話:2.王家の使者


ヘルバ・ヴィリディステラ(38歳)

 ヴィリディステラ王国の王妃。

 初登場  :3.王妃の試練

 前回登場話:ー

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