2.王家の使者
ヴィリディステラ王国第一王子には婚約者がいた。スキエンティ公爵令嬢カルチェ・フーパは、未来の王太子妃として、立派にその役目を果たしていた。
ところが、半年前、カルチェは突然病にふせ、そのまま亡くなってしまった。
早速、次の婚約者が探されていると言うのだ。
本来は喪が開けていない時期とはいえ、亡くなったのはあくまで婚約者。それに、王太子は既に十九歳で、婚約者をすぐにでも見つけなくてはいけない状況。
ルエナにとって、これは好機である。婚姻を結ぶ相手として、王太子以上の存在は無い。
この時の為に婚約者がいなかったのだと、ルエナは思わずにはいられなかった。
(婚約者探しの舞踏会が行われるなら、招集の報せが来るはずよ。)
遣いが相手とはいえ、第一印象は大切だ。美しく、そして、無礼があってはならない。
「今日はこの青色のドレスを着るわ。靴はこちらを。」
朝、侍女が用意した衣服から、最も適した物を選ぶ。それも淑女として必要な能力だ。
ルエナは、いつもより派手で豪華なドレスに身を包み、化粧も丁寧に行った。
ルエナは昨日受けた兄の命令に従い、部屋に籠り、王城の遣いが来るのを心待ちにしていた。
そして、その人は王家の白い馬車に乗って現れた。上質なコートを靡かせ、フォンティス城の門を潜る。
ルエナはその様子を居館にある自室の窓から伺っていた。
(嗚呼、ドキドキする。)
逸る胸を落ち着かせながら、ルエナは家の者が呼ぶのを待った。
だが、誰も来ない。
もしかしたら、異例な状況にルエナの事にまで気が回っていないのかもしれない。
遣いの前に姿を見せないのは無礼だ。ルエナは自己判断で別棟に向かった。
別棟の広間ではアヴィスとウェントスが、使者の応対をしている。
「ご足労いただきありがとうございます、公爵閣下。」
「国王陛下より、メイフォンス侯爵宛ての書状を賜っている。」
「謹んでお受けいたします。」
プクラトディニス公フルーク・ナツラは、布告を読み上げる前に、メイフォンス侯爵家の者が全員揃っているか顔を見て確認する。
恭しく頭を垂れる男が二人。フルークの知る顔が一つ足りない。
「ご令嬢がいらっしゃるはずでは?」
フルークの問いに、アヴィスは大げさに眉間に皺を寄せた。
「愚妹は──」
「ここにおります。お待たせしてしまい、申し訳ございません。」
アヴィスが何かを言いかけたところで、ルエナが登場した。
淡く緑色に輝く宝石のような瞳は不安げに揺れ、透明感のある甘い桃色の柔らかな髪はふわりと膨らんでいる。
フルークはルエナの美しさに思わず息を呑んだ。
一方、アヴィスとウェントスはルエナがここにいることに大層驚いていた。
(やはり無礼だったかしら。)
精一杯急いで来たつもりだったが、フルークを不快にさせてしまったのだろう。兄達もそんな妹に呆れているに違いない。
しばらく沈黙が続いた。
「……いえ、令嬢の支度に時間がかかるのは承知しております。」
ふと我に返ったフルークが、ルエナに優しく声をかけた。
「プクラトディニス公の寛大なお心遣いに感謝いたします。」
ルエナは深々とお辞儀をする。そのまま、招待状の代読を聞く。
「下記の者は、王城へ四月二十日に参られたし。メイフォンス侯アヴィス・ヒエム、ウェントス・ヒエム、ルエナ・ヒエム。以上。」
フルークは、舞踏会の招待状をアヴィスに渡し終えると、一通の手紙をルエナに差し出した。
「こちらは王妃陛下より預かった物である。」
「頂戴します。」
王妃からルエナに宛てられた手紙とは、何用だろうか。ルエナは当然の事、アヴィスもウェントスも怪訝に思った。
用が済むと、フルークはまた王家の馬車に乗り、去っていった。次の貴族の元へ向かうのだ。
「部屋から出るなと言ったはずだ。」
国王の遣いが去るや否や、アヴィスが怒気を含んだ声で言った。
ルエナは怯む事無く、兄に楯突いた。
「まさかプクラトディニス公の、国王陛下が遣わした方の訪問に、わたくしが不在のまま対応しようとなさったのですか?」
「ああ、その通りだ。」
「お言葉を返すようで申し訳ございませんが、それは不敬と捉えられかねません。アヴィスお兄様とあろう方が、意図的にわたくしを呼ばなかったとは思いもしませんでした。」
価値を上げる為に人目から身を隠して生きて来た。だが、これは限度を超えている。
ルエナにはアヴィスの考えが全く理解出来なかった。
ルエナ・ヒエム(19歳)
メイフォンス侯アヴィス・ヒエムの妹。
初登場 :1.籠城の花嫁
前回登場話:1.籠城の花嫁
アヴィス・ヒエム(24歳)
メイフォンス侯爵。ルエナの兄。
初登場 :1.籠城の花嫁
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ウェントス・ヒエム(19歳)
メイフォンス侯アヴィス・ヒエムの弟。ルエナの双子の兄。
初登場 :1.籠城の花嫁
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フルーク・ナツラ(47歳)
プクラトディニス公爵。
初登場 :2.王家の使者
前回登場話:ー
カルチェ・フーパ(享年17歳)
スキエンティ公爵の長女。王太子の元婚約者。
初登場 :2.王家の使者
前回登場話:ー